【イグBFC6参加作】佃煮譚
コメリ神社の縁日に言ったら、一つの屋台で切れ痔の佃煮を売っていた。
鉄の錆びた臭いと、甘い匂いが混在する独特の香りを嗅いだ瞬間、私の意識は故郷であるヘモロイド市へと飛ばされていた。
故郷では、切れ痔の佃煮が郷土料理として振舞われていた。
人々は誰もが七才くらいから切れ痔を患い、それを収穫する術を身に着けていた。
大抵は親から教わるのだが、中には誰に教えられなくとも、切れ痔の痛みの赴くままに、あのパックリとした丸い傷口の開いた切れ痔を取り出してみせる子どももいた。
そういう子どもは筋がいいというので、切れ痔農家の跡取りになったりもするのだが、残念ながら私の技術は並み以下だったので、故郷を離れて就職する道を選んだ。
それでも、ヘモロイド市で毎日のように食べていた切れ痔料理を片時も忘れたことはなく、収穫期である冬に切れ痔ができれば、こっそりと収穫して湯がき、刺身にしたり、カレーの具にして食べるくらいのことはするのだった。
それにしても、鶏が無数に飛び回るコメリ神社の境内で、切れ痔の佃煮に出会うとは予想もしていなかった。だから、懐かしさよりも驚きの方が先に立ち、誰もが険しい顔で通り過ぎる中、私は屋台の前に立ったのだった。
店番をしているのは、私よりも一回りほど若い女性だった。大学生くらいだろうか。ジャージ姿で、片手でスマホを弄りながら、つまみらしい切れ痔の唐揚げを頬張っている。
私が前に立つと、驚いたようにこちらを見た。客が来るとは想定していないかのような顔だ。だが、長い付け爪にしっかりと切れ痔の飾りがデコられているのを見ると、内に秘めた切れ痔愛を感じずにはいられない。
「いらっしゃい、何にしましょう?」
警戒心丸出しの声で尋ねる彼女の後ろには、お品書きがズラリと並べられている。
切れ痔の刺身は勿論、匂いの元になっている佃煮、唐揚げ、縮緬切れ痔まであるのには、思わず笑ってしまった。屋台にしては予想以上にいい品揃えだなと思った。
「冷やかしなら間に合ってるんで」
私が笑ったからか、彼女は少し顔を赤くして、つっけんどんに言ってのける。切れ痔をバカにされると怒れてしまうのは、切れ痔に対して誇りを抱いている証拠だろう。
「いや、すいません。故郷の味を久しぶりに食べたいと思って、寄ってみたんですよ」
そう言うと、彼女の表情が少しだけ和らぐ。
「お客さん、ヘモロイド市の人なの?」
「ええ、まぁ。大学進学を機に外へ出ちゃって今はこっちで働いてますけど、今でも時々、自分の切れ痔は収穫して食べてますよ」
近くで鶏が無意味に声をあげる。コケコッコーと言い合って、何やら張り合っているらしい。
私たちは耳を塞ぎ、顔を近づける。
「へぇ、そうなんだ。私はヘモロイド残留組。切れ痔採りが同世代で一番うまくって。有無も言わさず切れ痔農家にさせられちゃってさ。まぁ、私は好きだからいいんだけど」
「でも、ご自分で手売りって珍しいですね」
「まぁ、ヘモロイド市にふんぞりかえってるだけで売れた時代はもう昔だからね。今は、自分で売りにいかないと、需要はどんどん減ってるし。これだけ美味しいんだから、全国にファンを増やさないとね。まぁ、偏見が強いから結構大変なんだけど」
さっきとは少し色味の違う赤に顔を染めながら、彼女は懸命に切れ痔の未来について語る。私はそれをウンウンと頷きながら聞いている。やっぱり、切れ痔に対して真面目に語る人を見るのは、なんだか嬉しいものだ。
一通り話を終えると、私は切れ痔の刺身と佃煮を二パックずつ買った。
一パック五百円だという。私がヘモロイド市にいたころは、一パック四百円だった。やはり、最近の物価高の影響は切れ痔にも影響を及ぼしているのだろうなどと、余計なことを考えてしまった。
「ありがとう。久しぶりに、故郷の人と会えて楽しかった。またよければ、来てください」
嬉しそうな彼女の言葉に送られて、私は屋台を後にした。
鶏たちの喧騒は最高潮に達しつつあり、コメリ神社のお祭りもクライマックスに向かうかのようだった。
自宅に戻ると、私は早速、切れ痔の佃煮を食べてみることにした。幸い、冷蔵庫にはビールが何本も入っていたので、一本取り出して飲むことにした。
血と醤油で煮込まれた切れ痔は、非常に甘辛く、ご飯が何倍もいけそうだった。
切れ痔自体はコリコリで、これだけ噛み応えのある切れ痔を採れるのだから、やはり彼女は相当に腕の立つ切れ痔農家なのだろうと、思わずうなってしまった。
昨晩作ったばかりの自分の切れ痔も食べてみたのだが、何だかフニャフニャしていて締まりがない。ここが、職業人と素人の違いなんだろうなと感じつつ、でもこの締まりのなさがまたいいんだよなと思い直す。
コリコリとフニャフニャを交互に食べながら、ビールを一本じっくりと飲む。
屋台で買った切れ痔は、血の味が極限まで薄めてあった。だが、これだけやっても一般受けは難しいのかもしれない。血の味こそが切れ痔の本質だと思うのだが、それがわかる人は、ヘモロイド市外には中々いないのだ。
またよければ、来てください。
別れの時の言葉を思い出す。
どうせなら連絡先を交換すればよかった。
ビールのせいでボンヤリし始めている頭の中で、そんなことを考えた。
最近あまり感じていなかった心細さを覚えて、それを紛らわすように、切れ痔の佃煮を口の中一杯に放り込んだが、効果はなかった。
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