
例えばあの日軽トラが突っ込んで来ていたとしたら
※この物語はフィクションであり、実在の人物とは何の関わりもありません。
特に加藤よしき氏とは何の関わりもありません。
関係ないのですがこちら↓
の5:20からをお聞き頂けるとイメージがしやすくなるかと思います。
修学旅行のホテルの土産物屋、互いに友達の輪から外れた男女がそれぞれ土産物を眺めていると、学校同士の抗争が始まりそうになる。それを回避した少年に少女が何かを言おうとした時にトラックが突っ込んでくる。
「ファミマのビニール袋にはこういう使い方もあるっちゃ。」
カッコいい、とは何なんだろうか。
ボクは最近そんな事を思う。
幼稚園の頃は、日曜朝の戦隊モノのレッドが好きだった。
小学校低学年の頃は、足の速いクラスメイトがそうだった。
少し前までは、本の中の主人公だった。
今は彼等を見てもそうは思わない。
それは彼等が変わった訳ではなく、ボクが成長したからかもしれない。
女の子は精神的に成長が早いとも聞くし、小6にもなれば体とかホルモンとか、とにかく色々変わると習った。
だから、その結果でカッコいいの基準が移り変わるのは仕方ないと思えた。
思えていたのだが…。
「えー、まだ日アサ観てるの〜?」
そう言ったよしのちゃんがカッコいいと言ったのは、クラスの足の速い男子だった。
「アイツなんて足速いだけでバカじゃん笑」みのりちゃんはそう言ってアニメの話題に切り替えた。
「本の中のキャラクターはほら、リアルじゃないからw」
近畿地方の名を冠するとあるアイドルにハマってたのは誰だったか…?
兄や姉がいる子は少しだけ上の世代の感性に触れることが多くて、同級生よりちょっとだけ新しいカッコいいに触れてた気がする。それはいい。
そういった子の中で、以前好きだったコンテンツを遅れてるとか言って、自分の立ち位置が最新だと誇りたい子がいたりした。それも分かる。仕方ない。
ボクが許せなかったのはボク自身。
嘲笑に反論もせず、自分の意見を主張するわけでもなく、愛想笑いで受け流した事実が私には我慢ならなかった。
自分の好き嫌いすら主張できないボク。
そんなボクが好ましいと思ったものに、一体何の価値があるというのか。
好みと自己嫌悪の無限ループ。
そうしてまた、自分の好きが分からなくなる。
堂々巡りの自己嫌悪。曖昧な自己主張。
面白い意見のないボクから、クラスメイトは離れていった。そしてボクもそれを望んだ。
彼女達のように移り気とはないのだと、孤独はその証明であると、それだけを支えにできたから。
学級が完全に崩壊して授業が行えてないクラスだったというのも、それに拍車をかけた。
ハイパーヨーヨーとかをして遊んでる男子も、それを見てカッコいいだのなんだの言ってる女子たちとも関わりたくないから、ボクはただ本の世界に逃げ込んだ。
ボクが得たスキルは騒音の中でも本の世界に逃げられる事。彼らの得たスキルはストリングプレイスパイダーベイビー。
どちらもカッコいいもんじゃない。
そんな人達と修学旅行?一体何を学ぶというのか。バスのフロントガラスが集合前に叩き割られているような治安で、何が学べるというのか。
風で石が飛んできた、という教師の台詞も、注意すら出来ない事を事なかれで言い訳してるみたいでかっこ悪いとしか思えない。
もっとこう、カッコいいっていうのはさ、見た目とかじゃないんじゃないかな。
自分の損得で行動決めたり、流されたりしない、ルールを破らず見過ごさず、誰かの為に動ける人。
そう考えると、少なくともボクは正反対だと気付いて、やっぱりまた自己嫌悪する。
先生の言いつけを破ってあの男子の部屋に行くなんて、そんなノリに耐えきれず(或いは誘われなかった事実から目を逸らすために)、部屋から抜け出した足は思考と同じく当て所無く進んだ。
逃げた先の地、ホテルのおみやげコーナーを見て回る。
木刀、龍の絡まったキーホルダー、ペナント。
かっこよさよ分からないボクにはイマイチピンとこない品々。
アンタはきっと私達を買う時も、きっと他の子が何を買っているか盗み見て真似するんでしょ?
とり囲むお土産達にそう非難されている気がして、周囲を睥睨する。
その視界の端に、クラスメイトの男子がいた。
ボクと同じく、授業中に本を読んでいる変わり者、加藤。
愛読書の広島カープ物語とセットで覚えている彼の姿が、土産物コーナーの中にあった。アイツも部屋を追われたんだろう。同じ立ち位置だが、仲が良い訳でもない私達。
視線も会話も交わさず一定の距離と静寂を保っていた。
だがその静寂は、すぐに破られた。
同級生の悪いグループの一団が、加藤の方に向かっていった。ものすごい形相だったが、どうやら加藤が標的ではなかったようで、何事か伝えて足早に去っていった。
距離があるからイマイチ聞こえなかったが、「時間…稼ぐ…人…集め…」そんな単語が耳に入った。
数分後は今度は知らない小学校の一団が近づいてきた。
同じような悪い顔をした男の子が、横一列に並んで歩いてくる。
黒い渦のような迫力があった。黒渦、いやクローズって感じだった。
遠くから聞こえる彼らの主張では、どうやら先ほど立ち去ったウチの学校のメンバーが他 校の宴会場に乱入し狼藉を働いたらしい。
そして他校の彼らはその報復で来ており、先ほどの時間云々という会話は仲間を集める時 間稼ぎをということなのだろう。
小学生の修学旅行というより、その筋の方の抗争を見ているようだ。いや、そんなテレビ越し視聴者のような傍観者気取りでいてはいけない。
ほどなくウチの学校のワルが人を集めてくるはず。そうなれば、この土産物コーナーは喧嘩によって凄惨な現場となる。
こんな修学旅行はどうでもいいと思っていたが、ホテルの方にも迷惑をかけるだろうし、いや、それどころか警察沙汰になるのではないか?
先生を呼んでこなければ。従業員さんがいるのはフロントか?どちらが早くたどり着ける?
そこまで考えて、一番早くに被害に合いそうな男が一人いることを思い出した。
広島カープ物語!いや、加藤!
時間稼ぎを命じられたあの覇気のない男、血気盛んな他校の生徒に相対している哀れな男。
下手なことを言えば、他校グループの矛先がアイツに向けられるかもしれない!
一体アイツは何をして・・・、そう目を向ける。アイツは、他校のグループから逃げていなかった。でも、ウチの学校のグルーブの言う通りにもしていなかった。
アイツは、加藤は・・・、
「いやスイマセン。皆さんに迷惑かけたやつら、ちょっと黄泉の国に帰ってしまってて」 そんな訳の分からない事を、平然とした顔で言った。
「皆さんに迷惑かけたから、多分今頃地獄で裁かれていると思うんですよね。」
グループの毒気が抜けていくのがわかる。
「皆さんがお風呂に入ってる頃、あいつらは窯ゆでになってると思うんで」
リーダー格と思われる男が耐え切れず噴きだした。
「ホントスイマセン、あいつらホントしょうもない奴らですけど、皆さんが手を出すまでもなく死んじゃってますから。もう殴られるより辛い地獄の苦しみ味わっていますから」申し訳ないような声と顔で、ついさっき足止めを頼まれた同級生をなじっている。
いつしか他校グループに渦を巻いていた殺気は無くなっていた。
黒渦が無くなり、クローズ・ゼロとなった彼ら。冷静さを取り戻したメンバーの「こんなや ついいから、帰ろうぜ」の一声で一団は去っていった。
道化を演じて気勢を崩した加藤の意図を相手方の知性派が読み取り、互いに大事にならな いようにと着地点を決めたのだ。
重ねて思うが、本当に小学生か?
安心したのも束の間、加藤の言では先ほど地獄送りになった一団が数を増やして戻ってきた。黄泉還りである。
もう帰っちゃったよという加藤の言葉にも、頭に血が昇っている彼らの興奮は収まらない。
すると加藤はまたしても平然と、
「いや、あんなやつら俺がちょっと言っただけで逃げてったから」
「皆さんに恐れをなして逃げたんですよ。相手しなくてもいい。クソみたいな連中」
「ホントしょっぱい奴らだよ。あんなの相手にしたら、皆さんの格が下がる」
とさっきまでとは逆に、貶してた奴らを持ち上げて、ぺこぺこしてた黒渦をゼロどこ ろかマイナスに貶めていた。
結果は同じく、誰かが吹き出し、怒気は霧散し、彼らは引き上げていった。
おみやげコーナーには静寂と、加藤と、ボクだけが残った。まるで何事も起きなかったように。
加藤もまた一息つくと、何事も無かったかのように土産物を眺めだした。
なんという面の皮の厚さだろう。なんという二枚舌だ。
でもなんだか、胸がすくような。
良くやったって、言ってやりたいような。
もしかして、これがボクの求めていたものではないか?
私と同じく修学旅行を楽しんでいないであろう彼が、どちらのグループにも流されず、ホテルにも学校にもおみやげコーナーにも被害を出さずやり過ごした。
何の称賛も利益もない、ただやるべきだからと行う善行。
ボクが見失ってた「カッコいい」っていうのは、こういう事じゃないのかな?
だとしたら、ボクにはすべきことがあるのではないか。
人知れず行われた善行に、せめてもの報いがあるべきではないか。
唯一全容を知っているボクだけが、それを渡せるのではないか。
そうしたら、きっと好きとか嫌いとか口に出せるボクになれるんじゃないか。
「ねぇ、加藤」
思考に夢中になっていたから、ボクの口から言葉が漏れた事には後から気が付いた。
ドラゴンが巻き付いたストラップを戻し、こちらを向く加藤。
やる気のない瞳。二つの黒い丸が私を見る。
あれ?これってその…、そういうシチュエーションじゃない?
いや違う、違うから。別に告白だとか色恋だとかじゃないからね。
ただ「やるじゃん」とか「カッコいいじゃん」とか、そういうことを言いたいだけでね!
冷めてる加藤と裏腹に、私の脳は熱暴走していく。
頬が熱くなって、鼓動が早くなっているのが分かる。
耳は血流の流れを拾っているのか、まるで遠くから軽トラが近付いているような音が聞こえている。
乾いた口からなんとか唾を集めて呑み込み、のどを潤す。
告白っぽいから焦ってるんじゃない。自分の言葉を口に出すのが怖いんだ、私。
軽く息を吐き、吐いた分より大きく吸って、肺から喉に空気を押し出す。
「あのさ、加藤…」
喉で波長を変えた空気が、言葉となって紡ぎ出される。
「あんたって…」
そこまで空気を押し出して、ボクの気持ちも押し出そうとしたその瞬間だった。
突然現れた軽トラに、加藤が吹き飛ばされたのは。
「は…?」
ボクの言葉は引っ込んで、代わりに疑問符が吐き出された。
宿泊施設のちゃちなお土産コーナー。その壁を突き破って現れた軽トラは、数多のお土産を弾き飛ばし、目の前の加藤の体も吹き飛ばした。
ひしゃげた体やその周りに飛ばされて突き刺さった木刀が剣山のようで、それらに巻き付いたり散らされている大小様々なお土産小物がカラフルで不出来な林を形作る。
全てが血で赤く染め上げられていなければ、現代アートの様な趣があったのかもしれない。
こういう時ってボクはもっと動けるものだと思ってた(授業中にする対テロリスト対策妄想も万全だし)。でも咄嗟の時に体が動かせなくなる理由を今知った。思考に体が追い付かないんだ。
「救命措置」とか「現場保存」とか「これ被害額いくらになるんだろう」とか「さっきの音は心音じゃなくて軽トラのエンジン音だったんだ」とか「救急車って何番だっけ?」とか色んな考えが浮かび続けて優先順位が決められない。
馬鹿みたいに固まったまま、現代アートと化した加藤を見つめていたのはどれくらいの時間だっただろう?
突入の運動エネルギーを加藤とお土産コーナーに与えて自身の動きを止めた凶器こと軽トラ、そちらに動きがあった。扉が開いたのだ。
ちょうど目の前にあった運転席の扉が開くにつれて、ボクの思考も動き出す。
そうだ、最も近くにいて、そして一番事情を知っている大人が一人いるではないか。
運転手と話をしよう。場合によっては運転手自体の安否も確認しなければならないし。
さび付いた機構に油を点されたように動き出した思考は、だが降りてきた運転手を視界に収めた時に再び時を止める。血だらけだとか、何かが折れたり飛び出たり、そういう事態は想定していた。
だが、その見た目は予想の外である。だって全裸なんだもん。
こう見えて年頃の女子である。衝撃の度合いで言えば、お土産コーナーに軽トラが乱入するのと同じくらいだ。
髭も体毛も毛むくじゃらで、だけれども頭皮だけはツルツルと電灯の灯りを反射していた。
全裸のおじさんに危機意識を発動しなかったのは、頭が未だに混乱していたせいもあるだろう。
下っ腹を中心に肥え太ったシルエットと体毛がどことなくキャラクターめいているからでもある。
脅威となるであろう、その、男性器が余りにも小さく、生い茂る対応に隠れているせいでもあるかもしれない。
だが何よりその顔が、場にも全裸中年男性にもそぐわぬ整えられた仏のような表情がそう感じさせたのかもしれない。
おじさんは運転席から降り辺りを見渡し、ボクと、そして絨毯を赤く染めるアートと化した加膝を見た。そしてなんだが、やるせないとばかりにため息をついた。
「折角早起きしてバスの窓ガラスぶち破ったんに、結局こうなるんか」
森の妖精と妖怪の中間のようなおじさんはやれやれと肩をすくめ、一度運転席の方に戻ると、そのまま乗り込まず上体を運転席にいれ助手席に手を伸ばした。
助手席に置いてあったのは、『ファミリーマート』と書かれたビニール袋。
やけに持ち手が伸びた袋から、茶色い何かを取り出し、おじさんは自分の口へと運ぶ。
さくり、と小気味いい音がした。
しゃくしゃく、と衣と中身が混ざり合い一体となっていく音が聞こえる。
「ハムカツは揚げたてが一番うまいっちゃ」
ハムカツと判明したそれは、同じ咀嚼のリズムをもう2ループしておじさんの口に消えた。
「ハムカツが冷めると上手くなくなるように、言葉も出さんと悪くなるんよ」
ハムカツのリズムに聞き入っていたせいか、いつの間にかおじさんがボクを見つめていた事にその時気づいた。
「嬢ちゃんは、今自分の気持ちを出そうとしたんやな。それはええことや。それが出来なくて、うまかっちゃんが美味く食べられん奴をしっちょる」
あらゆる世代に愛され、半ドンの日の大事な楽しみうまかっちゃんが美味しくない?
それは大変な事だ。私も知らずそんな重大な危機を迎えそうになっていたのか。
「でもなぁ、わりいんやけど別の言葉にしてほしいんや。嬢ちゃんは“自分の気持ちを言葉にする”が大切でな。自分の気持ちの別側面でもそれはいいっちゃ」
そんなわけのわからない事を、ハムカツの油で濡れた唇で言った。
おじさんは同じくハムカツの油で濡れた指先を、血に濡れたアートと化した加藤に向ける。
「嬢ちゃんがさっき浮かんだ言葉だと、こいつは報われるんよ。でもなぁ、そうすると将来こいつが生み出せないものがあるんよ。だから仕方ないんよ」
加藤を見て目を細めたおじさんの顔は、子供を見るようでも、友を見るようでも、そのどちらでもないような、でも慈愛に満ちた顔だった。
「まぁ、嬢ちゃんは気にせんでええ。どうせこの会話もなかったことになるっちゃ」
そんな事を言いながら、軽トラに戻ろうとするおじさん。
ボクにはおじさんの言っている理屈がほどんど分からなかった。分かるのはファミマのハムカツが美味しそうという事くらいだ。
ボクの体は動かなかったし、声も出ていない。でもそれは分からない目の前の事態を必死に思考していたから。
おじさんの発言と伸びたファミマのビニール袋からバスのガラスを割ったのはおじさんおそらくビニール袋を使用した投石機めいた破壊だとするとその理由はなんだ発言からするとそこで何かを止めたかったが止められなかった何をだこの場面で出てきたという事はつまりおじさんはボクの発言を止めたかったが事前の工作で変えられなかったから強硬手段に訴えたという事ででも軽トラでぶつかるのは被害の方が大きいいやなかったことになるという事は巻き戻るかリセットか分岐か何かでだとすると私は何をすべきでおじさんは何者で加藤を助けなくちゃで・・・。
高速で思考しているのか暴走しているのかも分からない脳内は桂馬のような一足飛びの理屈をまとめ、運転席に乗り込みドアを閉めようとしているおじさんにこう言った。
「加藤?」
ボクは軽トラに轢かれ、糸の切れたマリオネットの様に脱力し、竹刀が剣山のように生えている加藤にではなく、
ハムカツを食べ、静止した軽トラックに乗り込み、体毛が森のように生えている全裸のおじさんにそう告げた。
閉まる寸前のドアにその震えてか細い声が入り込んだのか。軽トラのエンジンがかかると運転席の窓が開いた。
そこから驚きとも、戸惑いともつかない顔がこちらを見つめる。
その顔が徐々にどこかいたずらっぽいような笑みに変わった。
「惜しいところやなぁ」
その顔は、まるで口先で学校同士の抗争を回避した所を見つかった少年みたいな顔だった。
軽トラはバックで進み、自ら突き破ったお土産コーナーの穴へゆっくりと後退する。
その逆行の動きに合わせるように、衝撃で変形した軽トラのバンパーが徐々に戻っていく。
いや、軽トラだけではない。車がバックするのに合わせて、竹刀も、お土産も、加藤も、 全てがもとに戻っていく。
おそらく世界中のどんな修学旅行より衝撃的な、そして幻想的な映像を眺めながら、ボクの意識は徐々に徐々に途切れて思考に闇が視界に光が差し込む。
そうして軽トラが見えなくなると同時に、すべてが白く、眩しく、輝いて。
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ボクは加藤と目が合った。
修学旅行の思い出が不良たちの抗争で塗りつぶされるのを口先で回避した加藤。
ボクだけが見ていた、一つの善行。
「ねぇ、加藤。あんたって・・・、」
だが、なぜだか無性にそのやり方が気に入らなくて。
「ほんっと、だっさいよね」
心を押さえつけていたダムが決壊するように、そんな気持ちが放流された。
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そこからのボクは、いや“私”は大分生きやすくなった。
女子部屋に戻って、「部屋に忍び込むのはリスクあるけど、男子部屋は丁度真下なんだから窓越しに話したらよくね?」という発言が思いのほかウケて、『恋愛孔明』『平成のシェイクスピア』等と呼ばれたりしてなんだかんだ打ち解ける事が出来た。
自分の意見を言って嫌われることも誤解されることもあったけど、それ以上に受け入れてくれる人も多かったし、何より溜め込んでる事を後ろめたく思わなくて済んだ。
そう、後ろめたいことなんてない。やり残したことなんてない、はず。
遊んで、勉強して、恋もして、一人称も変わって、フラれて、泣いて、就職して、自立して。
せわしなく変わった自分と環境の中で、どこかに、何かを、忘れているような感覚だけがあった。それが何かは一向に分からないのだけど。
そんな考えを帰りの通勤電車の中で、今でもついつい考えることがある。
胡乱な考えが浮かんだせいだろうか、金曜の夜の日課である書店巡りで変な本を見つけた。
表紙にはサイドミラーにザリガニがくっついている絵が描かれている。
周りはホラー本ばかりなのに、この本だけ異様な・・・、いや隣のスーパースター列伝?も浮いてるが。
あの頃から変わらない私の読書欲、たまにはこんな本で満たすのもいいだろう。
対応したメガネの店員がこの本を見るなり噴き出して、隣の女性店員に冷たい目で見られていた。やっぱり変だよね、この本。
帰宅し食事を済ませ、買っておいたビールとファミマのハムカツを食べながら本をめくる。
さくり、しゃくしゃく、ごくり。
誰かみたいに、言いたいことを言えない子がいた。
さくり、しゃくしゃく、ごくり。
誰かみたいに、見栄っ張りな子がいた。
さくり、しゃくしゃく、ごくり。
誰かみたいに、常識外な行動をする子がいた。
さくり、しゃくしゃく、ごくり。
誰かみたいに、今までの自分から変われた子がいた。
さくり、しゃくしゃく、ごくり。も
誰かみたいに、一つのきっかけで変われた子がいた。
さくり、しゃくしゃく、ごくり。
そしてその殆どに、理不尽に突っ込む軽トラとおじさんがいた。
最終章まで読み切り、ビールの残りを飲み切る。
本に夢中になっていたせいで意外と缶の底に残っていたビールは、苦くてぬるくて舌に残る。
最後の一口はもう少しすっきりした味で終わりたかった。でももう満腹だし。
だから、逆に何か口から吐き出そうと思った。
疲労と、アルコールと、そして変な本の影響をたっぷり受けた言葉が出た。
「かっこいいじゃん」
さっきの本に出てきた、誰かへの言葉だろうか。
自分にも分からない。
ハムカツの油で濡れた唇から、するりと流れ出た言葉。
いつかどこかで、言う筈だった言葉が出た気がする。
きっとそれは恋じゃないし、友情でもないし、きっと感謝に近い何か。
そんな、いつか言えなかった言葉を反芻しながら、眠りについた。