カズトの言動を振り返ろう

最初の音楽に乗せて早口でセリフを言うシーンで「スタートライン一直線、ここから歩き出す」を比較的裕福で周りよりスタートラインが前に出ていそうなカズトが言うのは酷だなと思った。でも「俺は勉強しかしてない、この歳で」のことを思うとどうかと聞かれて、スタートラインが抜きん出ているだけで現在地はさほど他と変わらないのかなと。この発言からすると自信を過小評価していて皆んなより後ろにいると思っていると思われる。けれどどこを重要視するか視点を変えれば前にもなるし、それこそ後ろにもなる。きっと一直線に進め!ってレースじゃなくてゴールはどの方向にもあって、横にも斜めにも行ける。だけどカズトは親に敷かれたレールを歩くばかりで、抜け出すこともできずにただ真っ直ぐ歩くんだろうなと。

ダンの職場に皆んなで行った時はフェンスを触っていて、ダンにまだGPSつけられてるの?と聞いていた。メタいことを言うと暇つぶしだが友達の職場に行って真っ先にフェンスを探るなんて、その中に閉じ込められている自分を憂うように見えた。GPSもカズト自身がつけられているのかは分からないが、バカにしているようにも見えたし自嘲も含まれているようにも見えた。しかしその後の発言では学校や自宅だけではなくカフェや公園でも勉強しているようだしつけられていない可能性も充分にありえる。

皆んなにいじられて「どうもエリートです。…そんないいものじゃないって」と返す。何回か秀才いじりされているが謙遜している。自慢にいかないことからしてカズトにとって頭がいいというのは誇らしいことではなくむしろ親に顔向けするための道具としか思っていないんだろう。そうとしか生きられない自分に嫌気が差しているようにも聞こえた。その後も俺なんでこんな勉強してんだろう、と頭の片隅にいつもあるものをふと引っ張り出してきてしまったような口調で言う。理由がわからないのは親に強制的に勉強させられているからで、カズト自身が勉強をしたいわけではないということかと思われる。

失恋したタカにかけた「こっから、こっからだよ。次がんばれ」は、カズトが今まで親にかけられてきた言葉なのか。期末でもないテストで89点になっただけで夏期講習増やそうかと言ってくる親だ。失敗した息子にこんなに優しい言葉かけるだろうか。まだ姉がいた頃言われて胸の奥にしまわれていたのだろうか。それともカズトなりに大事な友達に気を遣った結果か。

「俺の家は比較的裕福」発言、周りが大学進学を金銭面を理由に諦めていたり何らかの理由で選んだ男子校の治安の悪さから来ていると思う。例えば幼稚舎から受験をしていて、そこでできた友達、同じような学力の子たちとつるんでいたら自分は裕福なんて気づかずに生きていくだろう。でもカズトは比較的裕福だと言った。高校受験に失敗、大学生の姉の蒸発。これは親が高学歴ゆえに子供にも同じ道を歩ませようとして失敗したケースじゃないだろうか。姉との年齢差はさほどないと考えて小中あたりで姉が彼氏と消え、姉の分の期待もカズトにのしかかった。塾にも通わせてもらって夏期講習なども受けさせてもらっていたんだろう。でも受験に落ちた。そこから重圧は増えるばかりで、カズトの不安が途切れるのは5人といたときだけだったんだろう。
しかしそこで自分は裕福だと気づいてしまったらどうだろう。それはファミレスの選び方だとか、お賽銭にかけるお金だとか、そんな些細なことだとは思う。ピアノを習うなんて一般家庭でもできることだ。でも知らず知らずのうちに彼が周りのレベルに合わせることが当たり前になっていたら。それを心のどこかで不満に思っていたら。自分だけが苦しんでいる、お前らにはそれがわからない、という自分本位の考えにたどり着くわけだ。無意識のうちに周りを見下しているというよりかは、格差をどうすることもできずにいる。自身が大学院生にもなって親にギチギチに縛られている中で周りが親元を離れて悩みながらも自分で道を選べる立場だったらそりゃ爆発する。

カズトはよくできた子である。しかしそれは先入観で頭がいいことしか見ていない人の発言だ。カズトの親はきっとそうだろう。カズトのことを自分の駒としか思っていなくて、壊れるまで酷使し続ける。壊れたらもう代わりがいないから圧をかけて壊れないようにしているだけで、カズトはもうとっくに壊れていると思う。「俺の親は正しいから」と言っていた。他の5人の家庭環境だって知っているはずだ。他も大変ではあるが、親が正しい!と明言している人はいなかった。さらにいじめが発生するような男子校に進学したら尚更自分の過干渉な親がおかしいことに気づくのではないだろうか。いや、親にそんなことを話したら否定されたからそう思い込んでいるのかもしれない。親が正しいんだと小さい頃から植え付けられてそうなってしまって、自分の親が正しいかなんて考える余地もなかったのかもしれない。

「お前らとは求められてるレベルが違うんだよ」は自惚れとか自尊心の高さじゃなくて事実だ。MASSARAは少々オーバーな表現だろうが実際高卒で手に入れられる職はダンがしているとび職や下っぱなどが主になってくるだろう。実家の自営業を継ぐことに猛勉強は必要ないだろうし、わざわざ外に学びに行って自分の不甲斐なさを痛感することもないだろう。けれどカズトはおそらく集団塾に通わされ周りと比べられ、トップに立つこと以外許されずに生きてきた。いくら根はいじめから知らない子を助ける人達とはいえ、何度も不必要にいじられたら不満は溜まっていくだろう。そんな思いを抱えてバンド練習をしていたのに心配かけまいと振る舞えば少し責められてしまう。散々だ。誤魔化しグセがあるにも関わらず誤魔化しが効かないくらいに追い詰められていた。だがカズト的にはプレッシャーが自分よりは少なくて妬ましい、羨む気持ちが出てしまったのを悔やんではいないようだ。文化祭では吹っ切れたような笑顔を見せていた。

カズトの独白は思っていたよりも棘のないものだった。とはいえお前は家を継ぐだけ、お前は大学にすら行かない、と言っていいものではないが。でも見えないところで我慢して我慢してイジリにも笑って返して、の結果だと思う。ぽろっと口を突いて出てきてしまって、そこからぼろぼろと本音が雪崩を起こしてしまった。心ないことを言ってしまうくらいに。それはカズトの親と皆んなのせいであると思う。もちろんカズトも。しかし間違いを訂正され続けて生きていたらどうだろう。劇中カズトは何度も皆んなの言い間違いを「〇〇じゃなくて、〇〇な」などと直していた。それが親の育て方が反映されていたとしたら、カズトが悪いというのも変な気がする。持論としてはたとえ間違っていようと一度肯定してあげるのがいいのではないかと思う。けれどカズトの両親がそうでなかったら?敷いたレールになんとしてでも息子を歩ませる人生を送らせていたら?こんなに酷いことはない。まるで操り人形だ。でもカズトはこれからについて「考えるまでにも至ってない」と言った。親の言う通りに生きてきて、考えることすら放置してしまっている。カズトはこれからどんな人生を歩むんだろう。親に解放されたとき自我が完全になくなってしまいはしないか、大きな選択をするときに他人の顔色を伺ってしまわないか、自分のことを考えられる日は来るのか。心配は尽きない。カズトにはどこかで幸せに生きていることを祈るばかりだ

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