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ほんとうに内発的な問いから、社会との交点を考える

 社会課題や地域活性化は、課題解決型のテーマとしては発想しやすいところにあると思います。しかし、探究への導入で自己の興味や将来に向き合う過程を踏んだ時、社会課題そのものや地域の発展といったものは出て来ないという事象がありました。
 
 高校生の段階において、内発的なベクトルと、社会のベクトルは同じになりにくい。それこそ大人になるということ。社会化するということ。・・若者の政治関心が低いなんて当たり前ですね。

 リサーチ職時代の話、自治体への関心度は、年齢やライフステージの相関として見ることが出来たことを記憶しています。当たり前の話、それだけ接点・必要性が高まっていくからです。
 
 内発的な問いとして社会課題が出にくいのは当然ですね。


探究は何を目的にするか

自由研究なら勝手にやってください。
雑学でいいならネットで済ませて下さい。
学問を深めたいなら大学を選んで下さい。
職能を得るなら専門学校やその世界に飛び込んで下さい。

 探究は、大量生産の時代が終わり、課題が単純に解決できる時代が終わり、個性がおろそかにされる時代が終わったからこそ、必要とされているのではないでしょうか。
 私の現在の定義ですが、必要なのは、多様性の中で生きるしなやかさ・強靱さ。複雑な問題に対処する思考力・解決力。

 単に内発的な問いで終わってはいけない。内発的な問いの先に、環境との接点・社会との接点・経済との接点を意識し、より良い姿、誰かが喜ぶ姿を追求していくことが必要かと思います。

さて、この後は、このことを学校の中でベクトル合わせしていくのが課題ですね(ベクトルを合わせるべきは私の場合も含めて)



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