【バリ島一人旅の足跡_#6】僕は、裏路地を選ぶ。
長かった…
四国の自宅(高速バス)
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関西国際空港
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クアラルンプール国際空港
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ングラ・ライ国際空港
テキストにすればたった4行で終わる行程だが、初めての海外一人旅の予定を、自宅のパソコンとにらめっこしながら組んだ50歳手前のおっさんからすれば、心身共にヘトヘトになるほど緊張と疲労に満ちた1日だったと言える。だが、その瞬間から4年が経った今でも、当時の記憶が薄れることはない。しんどいことが、いつか笑い話になり、熟成されながら、自分だけの大切な思い出になる。それが旅であり、人生なんだろう。なんてね。
そして僕は今、1年前に見たバリ島の入口に立っている。
あの時とまったく同じ風景のはずなのに、一人で見ると全然違ったものに見えるから不思議だ。ここから始まる10日間は、すべて自分の力だけで体験し、楽しみ、乗り越えなければいけない。もう後戻りは、できない。
空港の低い柵の向こうに群がる人だかり。当時はこの中に、僕たち一行をホテルまで連れて行ってくれるツアーガイドの姿があったが、今回はもちろん、ない。ウエルカムボードで埋め尽くされた人だかりを抜け、赤レンガの大きな門をくぐって立体駐車場へ。多くの観光客はここでタクシーを拾うのだが、僕は「自分の足で街まで歩く」ことをミッションの一つにしていた。
当時は、Grabタクシーのような配車アプリサービスはなく、ホテルからお迎えの来ない自力タイプの観光客は、通常料金の数倍から10倍以上ぼったくろうとするタクシーとの交渉を強いられていた。しかも、空港からトゥバンの繁華街までは歩けば10分もかからないのに、タクシーに乗るとバリ島名物の渋滞に巻き込まれ、30分以上(時間帯によっては1時間近く)かかってしまうこともある。
「おい!乗ってかねえか?」
と客引きしてくる運転手の脇を、日本人お得意の愛想笑いですり抜け、立体駐車場を北に抜ける。その前に立ち塞がる道路を恐る恐る横断し、空港と外界を隔てるフェンスの小さな出口をくぐると脱出は成功だ。すぐ目の前にある細い路地の向こうに、前回の旅行でニョマン(花売りの女性)と出会ったトゥバンの街がある。
時は2019年5月24日(木)のお昼過ぎ。バリ島はすでに乾季に入っており、真っ青な空から降り注ぐ太陽が、日焼け止めオイルを塗っていない肌をジリジリとあぶる。
民家が建ち並ぶ細い路地に入り、空港を背にしながら、さらに北へと進む。石畳の道、赤茶色の壁や屋根、昔の駄菓子屋のようなこじんまりとした商店。ほとんどの観光客が足を踏み入れない空港近くの路地裏は、なんかミステリアスだ。観光客向けの店が建ち並ぶ大通りと違い、そこには地元の人々のリアルな日常が息づいていた。
やがて路地を抜け、トゥバンからクタへと続く大通りへ。1年前に仲間と3泊4日でバリ島に来た時のホームグラウンドだ。あの時にみんなで歩いた道を、今は一人で歩いている。
さて、チェックインまで、どこで時間を潰そうか…。ホテルから徒歩10分程度の場所にあるクタビーチでまったりするのもいいし、念願のワルン(ローカル食堂)で昼食も食べてみたいし。昨年の団体旅行で宿泊した〝ビンタンクタリゾートホテル〟の横を通りながら、いよいよ幕を開けたバリ島一人旅に心を躍らせる。
「乗ってかねえか!」
バックパックを背負って道を歩いていると、道ばたに〝たむろ〟している、ほぼすべてのバイクタクシーの男たちから声を掛けられる。99人に断られても、1人つかまれば飯が食える。そんなバリニーズたちのたくましさは、空気を読みすぎて行動に移せなくなる僕たち日本人も見習わなければならない。彼らはそうやって、家族を養っているのだ… みたいなことを思いながら、愛想笑いで華麗にスルーをかましつづける。
「今日は、どこに行く?足はあるのか?お前の言い値でどこにでも連れてってやる!」
今まで声を掛けられた中でも、とびきりあやしい風貌をしたおっさんの声に、僕は思わず足を止める。その声が日本語だったこともあるが「こんな怪しい話に乗ってみるのも一興だな」と思ってしまったのだ。万一何かあっても、自分以外の人に迷惑をかける心配はない。こんな決断を、すべで自分の思うままに、しかも誰にも迷惑をかけることなく行えるのも一人旅の醍醐味と言える。
で、この(あやしい)おっさんとの出会いから、奇妙で濃密なバリ島一人旅の初日が、幕を開けることになる。