当たり前をつくる
「楽しく学ぶのではなく楽しさの中に学びは溢れている」これは先週行ったカフェゼミのサブゼミでABDのファシリテーターをして頂いた元木さんがくりかえしおっしゃっていた言葉です。たしかに好きなことや楽しいと思えることを通して学んだ事の方が体に染み付くような感覚がします。でも私はこれにプラスして当たり前と思っていることにも学びが溢れているのではないかと今回のカフェゼミで感じました。
育ってきた環境や友人関係によって大分当たり前と感じることは違ってくると思います。普段も外で遊ぶ子たちと一緒にいる子は外で遊ぶのが当たり前と思っているだろうし、普段中で遊ぶ子と一緒にいる子は中で遊ぶのが当たり前だと思っていることが多いと思います。その当たり前を学ぶ時の姿勢や周りとの接し方にいいように感じさせればもっと能動的に学べるのでは?と感じました。
今回のカフェゼミではサブゼミという生徒主体で行うものだったので先生がほとんど参加しないので盛り上げなくてはいけないという共通の認識がゼミ生のなかに有りました。参加者の大半を占めるゼミ生がそう言ったマインドで参加することで真剣に取り組むことが当たり前という雰囲気がありました。きっとその中に1人やる気のない人がいても周りの雰囲気に呑まれて真剣に取り組んでいたと思います。学校でもその現象はよくあって、周りがやる気がない雰囲気を出していたら周りに合わせてやる気がなくなってしまうし、やる気がある子に囲まれていたらやる気がでてくると思います。クラスによって授業を受ける態度が違うとよく先生たちがいっているのはきっと授業をまじめに受ける子と不真面目なこの比率が変わることで雰囲気が変わってくるのかなと思います。
こういった周りに合わせて行動するところはよく日本人の悪いところのように言われることが多く、そういうのをやめようという発言もよく聞きます。しかし、実はそれを逆手にとって集団のレベルをあげること、意識を変えることができるのではないかと思います。
空気を読むということが日本人特有のものなのだとしたらそれを真っ向から否定するのではなくその特性を生かした組織づくりが必要になってくるのではないかと思います。全体の雰囲気を一気に変えるのは難しいですが1人1人が少しずつ変わっていけば、それに周りも影響されて最終的に全体の雰囲気を飲み込んで新しい当たり前を構築することが組織において必要なのかなと感じました。
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