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出産話

出産したのは3年前ですかー。

アメブロに書いていたものをnoteに移行しますね。



初めての入院生活もすでに3日目。

先日のなんとかかんとかムーンのおかげなのか産婦人科病棟は満床で、4人部屋もにぎやかです。

わたしはなんとかかんとかムーンのときちょうど陣痛がきており、見る余裕もなかったです。

産婦人科で働いている友達から、「陣痛で1番うるさく騒ぐのは看護師だからね」と事前に聞いており、
陣痛がきても静かにおしとやかにスルンと産もうと思っていた当日の倉岡の様子をまとめてみましたのでどーぞ。



【1月30日AM】
朝から産婦人科検診のため病院へ
内診にて、(内診:座ると勝手に股を開かされる恥ずかしイスに座り、医者が膣に指を入れグリグリ調べる検査)「子宮口3センチだからいつ産まれてもいいねー。陣痛くるよう刺激しとくね。」と出血するくらい強めのグリグリをされる。


【1月30日PM】
予約していたので歯医者へ歯のクリーニングをしに行く。

自宅で夜ご飯を食べ、急激な眠気におそわれたため19時頃にベッドで横になる。
ツムツムをしながら眠るまでは至らず。

22時頃からお腹の張りが10分置きであり、
やけに張るけどこれが陣痛なら軽すぎるよなーと思いながら病院の書類には陣痛10分置きになったら連絡くれとあるため電話すると、「陣痛になるかもしれないし、朝には痛みなくなることもあるから強くなるようならまた連絡してくれ」とのことで様子見。


【1月31日深夜】
0時頃から生理痛のような痛みが10分置きにあり、うわー陣痛ぽいなーと母親に報告。
「それたぶん陣痛だけどあんた騒ぎすぎ」との診断いただいたので病院に連絡。私すぐ電話します。笑


「だいたい初産だと陣痛きてから12時間はかかるからもう少し家にいたほうがくつろげると思うよ。4分置きになったらまた連絡してね」と言われ、
まあ確かに陣痛ぽいけどまだツムツムする余裕あるしと自宅で待機。

生理痛がどんどん強くなりその間隔が短くなっていき朝6時頃には4〜5分置きに。
送ってくれる母親が仕事なのと、通勤時間は道路が混むため病院へ連絡し、入院となる。


陣痛室は2人まで入れ、カーテンで仕切られているだけなので、わたしより先に入室していた妊婦さんの陣痛のしんどそうな呼吸が聞こえてくる。母は仕事へ行き妹がくるまで1人で過ごす。

この時点で陣痛がきてるときはウッと痛く会話もできないくらいだけど、陣痛のないときは食事をしたりスマホもみる余裕がある。気づいたら妹来院。

2時間くらい経ったところで、他にこの部屋を使いたい妊婦さんがいるとのことで、わたしと付き添いの妹は空いてるオペ室のような部屋に移動した。
ここは1人部屋のようなものでドアもしっかりしており気を使わなくてよく、とても快適だった。


【1月31日昼】
陣痛がきて12時間をすぎたあたりから痛みがさらに増してきて、とにかく背中から腰にかけてが痛くなるため妹にツボ押しの道具を使って思いっきり押してもらうと痛みが和らいだ。この辺から妹は私の奴隷のように頼むこと全て無言でやってくれてとても頼りになった。余計なことを喋らないのが良かった。


陣痛時の楽な体位は人それぞれなんだけど、わたしはテーブルに枕を置き抱きかかえるように前かがみになるのが楽だった。
しかしこの体位は赤ちゃんの心拍確認のモニターをつけるのには向いてなく、しばしば横向きに寝かせられたのが辛かった。


15時頃から生理痛のような下腹部の痛みは、中で誰かがお腹を破いているような激しい痛みにかわり、間隔も2〜3分置きと短く、腰背痛はツボ押しで押してもなにも感じないくらい痛みが勝るようになり、
なんどもナースコールで助産師を呼び、痛いです!まだ?まだ?と急かすが、子宮口が開ききらないと分娩出来ないのでもう少しがんばれとなだめられるのを繰り返した。
この時点で陣痛は相当な痛みで深呼吸など出来るはずがなく、いたい!いたい!と叫んでいて、1人部屋に移動してよかったと心底思った。


16時すぎると陣痛はさらに激しさを増し、陣痛が落ちついたと思ったら数秒でまた次の陣痛が来て休むヒマなく叫び続けた。
気づいたら「もうムリ!!!」と叫びながら早押しクイズのような速さでナースコールをパン!っと押していた。
子宮口はまだ9センチ。
あと1センチが長い…。


妹は家族のLINEに「お姉ちゃん叫びすぎ」とLINEしていたそう。


16:40頃激しい痛みとともに力をいれていきみたい気持ちになってくる。
ふたたびナースコールを押すと、そろそろいきみたかったらいきもうかと言われる。
ほんとにこれがめちゃめちゃ嬉しかった。


何回押したん、ナースコール…。


この陣痛の間ストロー付きのペットボトルが大活躍するのだが、この時点でワンプッシュのフタをあけることもできなくなり、カンタがさつきに傘を差し出すように無言で妹に手渡し開けさせた。


10分くらいいきんだところで破水。
この破水とともにわけのわからない痛みが押し寄せ吐いた。
そして分娩室へ移動。

恥ずかしイスの進化バージョンに寝かされるが、右足の置き台が設置になかなか手こずっており、足の置き場がない。
陣痛がきたら長めにいきんでねと言われるが、いきむと吐きそうになるし、痛いし、足の置き場ないしで
「足!」と言うと助産師が足を支えてくれた。偉そうにしてすいません。


いきみで赤ちゃんの頭が出てくる感じはわかるのだが、どうも出し切るまでにいたらず、頭が挟まっているのがさらに痛みを増した。

若干酸欠になり酸素マスクをつけながら分娩室に入って15分ほどして、頭をスルンと出すことに成功。
肩から下は助産師が取り出してくれた。
赤ちゃんが出たあとも胎盤を出すのにお腹を押したり、陰部を縫ったりと処置はあるのだが、そんなのの痛みはかわいいものだった。


そしてすぐに赤ちゃんを胸の上に乗せるカンガルーケアなるものをする。
助産師さんが写真を撮ってくれるのだが、自分の髪はボサボサだし、すっぴんだし、クマはひどいし、唇は紫だしで世に出せる代物ではないため墓場まで持っていきます。
(一応ビューティプラスでめいっぱい加工をしてはみた)


そしてそこからは2時間安静にしたあと歩いてトイレにいき、通常の病室に移動してすぐに母子同室。

夜ご飯を食べようとしたら叫びすぎと吐いたりしたのもあってノドが痛くて全然たべれなかった。

出産初日はゆっくり休ませてもらい、次の日からは授乳したりオムツ変えたり割と忙しい。

お腹も空くので売店行きまくった。

そして2日後に便意を催すのだがそこで第二の出産の痛みを味わうことを倉岡はまだ知らない…。


てか看護師ってバレてたのかなー?

入院中、普通未婚の出産とかって結構気にされるのかなと思ってたけど母子ともに問題なさすぎてめちゃくちゃ放置プレイされていた。笑



そんな感じの初めての出産でした‼︎

痛くて痛くて大騒ぎしたけど、出てきた我が子はめちゃめちゃかわいいです。
痛みは忘れないけど!
2人3人産んでる人ほんとに尊敬します。

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