【ショートショート】四次元ハンドバッグ
女はいつも赤い合皮のハンドバッグを持っていた。
大きすぎず、小さすぎず
扱いやすいサイズ。
流行り廃りのない永遠に愛される
普遍的なデザイン。
口金はゴールドで、
彼女がハンドバッグを開け閉めするたびに
「パチン」と子気味のいい音を立てた。
女はとにかく準備がいい。
なんでもハンドバッグから出してくる。
ランチタイムに同僚が
「あ、コンビニの店員さんお箸入れ忘れてる。困ったな~」とぼやけば、
ハンドバッグから割り箸を取り出し
にこりと微笑み「コレ使って。」
友人が「慣れないヒールで歩いたから
靴擦れができちゃったみたい・・。」と言えば
「大丈夫?」と
消毒液と絆創膏をハンドバッグから出してくる。
またある時は
ハンドバッグから仕事も生んだ。
「ろくな企画書がない」と嘆く課長へ
女は「課長、こちらはいかがでしょうか。」と
ハンドバッグから1枚の書類を取り出し、手渡す。
訝しげに書類を眺める課長の顔は、瞬時に驚きの色を浮かべ
「君、すごいじゃない!おもしろい企画だよ!
これ会議にかけよう!」と上機嫌。
「ありがとうございます。」と答え、
女は颯爽と自分の持ち場へ戻る。
欲しいもの、必要なものは必ず出てくる。
まるであの国民的アニメの猫型ロボットが
もつ四次元ポケットのようだ、という事で
いつしか女のハンドバッグは
「四次元ハンドバッグ」と呼ばれるようになった。
女は晴れの日も雨の日も、春夏秋冬いつだって
四次元ハンドバッグを提げていた。
周りも彼女がいつも同じハンドバッグを持っている事に
違和感を感じなかった。
もはや、四次元ハンドバッグは彼女の一部であり
四次元ハンドバッグは彼女自身となっていた。
女には好きな男ができた。
デートを重ねた。
女は相変わらず四次元ハンドバッグを持っていた。
男も彼女の四次元ハンドバッグに助けられてばかりいた。
男は気配りのできる女を愛するようになった。
女も男の気持ちには気づいた。
デートはいつもファッションにこだわり、
自分を美しく魅せる努力を怠らなかった。
ワンピースで甘く決める時もあれば、
サブリナパンツでスタイリッシュな印象を与える時もあった。
でもハンドバッグはいつも四次元ハンドバッグを身につけた。
ある日のデートの帰り道。
日付が変わろうかという時刻。
男と女はほろ酔いで
駅から女のアパートまで歩いていた。
深夜の住宅街は異様な静けさをまとい
人の気配は感じられない。
女のハイヒールの音だけがこだまする。
男は突然歩みを止め、改まった表情で
女に告白した。
女は笑顔のような困ったような
何とも言えない表情を浮かべる。
沈黙が二人を包む。
どれほどの時間がたっただろうか。
女が口を開いた。
「あなたの気持ちはとてもうれしい。
私もあなたが好きよ。
だから私のそばにずっといて欲しい。」
男はほっとして「もちろんだよ。」と答える。
女は満面の笑みと共に
四次元ハンドバッグをおもむろに
開いた。
開かれたハンドバッグの中には
真っ暗な穴があった。
底のない、漆黒の闇が広がっていたのだ。
男は驚きで言葉を失った。
その瞬間
女は男の右腕をつかみ
「ずっとそばにいてね。」と言いながら
ハンドバッグの穴へ
男の右腕を力の限り差し込んだ。
ハンドバッグは男の右腕を飲み込み
男は体ごとものすごい勢いで吸い込まれた。
男は助けを求めて絶叫したが
その悲痛な叫びが誰かに届く事はなかった。
男と女の間に起こった異変に気付くものなどいない。
何事もなかったように
住宅街は静寂を保っている。
「あ~またやっちゃった。
私、お気に入りが多すぎて
一人に決めきれないのよね」
女はそう独り言をつぶやくと
ハンドバッグの金具をぱちんと閉じて
夜道を一人で歩き始めた。
ハイヒールの音だけが響く。