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ユニーク輪唱【毎週ショートショートnote】

「だめだ!もう一回」

先生は指揮棒を空中で左右に振った。来週開催される「全国輪唱コンクール」に向け、旭川シルバー合唱団の練習は大詰めを迎えていた。全員の顔色に疲れが滲む。

先月の初練習の後、団長である私は先生に懇願した。しかし、ありきたりな輪唱では誰も感動しない、シルバー世代だからこそのユニークさが必要だと、この難易度の高い選曲は変えられることはなかった。

少し咳き込んだ後、先生が静かに話し始めた。

「本当は本番後に話そうと思っていたんですが、この大会を最後に私は現役を退きます。今年で80歳、指揮棒を次の世代に渡すことを決めました」

ええっ!と室内がざわめいた。私も思わず口元を手で覆う。だからここまで……。

「この輪唱で、北国の絆を全国に届けましょう」

2月の東京は想像より寒かった。私たちは黒のドレスに身を包み、ステージに整列した。

振り上げた指揮棒に全員の視線が集まる。

譜面台に貼られた先生の写真を視界の隅に感じながら、私は右手を大きく振りかぶった。

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