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[天01]そもそも西洋古典って何?

「おこしやす!西洋古典叢書」動画シリーズの初回は、「西洋古典」って何?という、ごくごく基本的な(でも、深い)事柄についてのご案内です。
古代ギリシア・ローマの知の大海へ漕ぎだす前に、まずは上空から古典の世界全体を俯瞰します。


① 「西洋古典」ということば

「西洋古典叢書」の「古典」「クラシックス」とは、どういう意味なのでしょうか?

■「クラシックス」は「第一級の」という意味


「古典」といえば、古い時代の書物をさし、現代人にとって教養になり、歴史的価値の高いものというイメージ。
しかし、classics(英語)やclassicus(ラテン語)由来で「西洋古典」という場合、日本語で連想される「古い」という意味は、実はないのです。
ラテン語の形容詞クラシクス(classicus)のもとは名詞のクラシス(Classis)で、「階級」の意味。そこから形容詞のクラシクスは「第一級の」という意味をもっています。
 
当時のローマ市民の「階級」について、共和政ローマ時代の政務官だったマルクス・カトー(マルクス・ポルキウス・カト・ケンソリウス BC234–BC149)はローマ市民を財産の多寡によって5つのグループ(第一階級~第五階級)に分け、このうちの「第一階級」をクラシックス(classics)と称しました。

カトーの階級分類は、西洋古典叢書シリーズの1冊に出てきます。
西洋古典叢書L026『アッティカの夜1』
アウルス・ゲッリウス 大西英文 訳
https://www.kyoto-up.or.jp/books/9784876989157.html

 

■本当に「第一級」なの?

クラシックス=第一階級という意味とはいえ、これは残っているすべてにあてはまるわけではない、というところが、西洋古典の世界の奥深さです。

現在「古典」とされているものには、もちろん後世に重要なインパクトを与えたものも多数ありますが、実際は失われたものも多く、逆に「偶然残ったもの」も多く含まれています。

西洋古典叢書の作品たちは、そうした背景をふまえつつ、敬意をこめた呼称として、すぐれた書物という意味の「classics」「古典」という言葉で呼ばれてきたのでした。

②時代はいつからいつまで?

古代ギリシア・ローマの「古代」は、いつからいつの範囲なのでしょうか?

■西洋古典世界はいつからいつまでか

西洋古典の時代は、およそ以下の時代をさします。

  紀元前8世紀の末ごろ~紀元後6世紀の中ごろ

この間、1300年。

■古代ギリシアの文字は?

古代ギリシアの文字は民族移動によって変化してきました。

  • ミノア文明(前3500年ごろ~前1450年ごろ)…線文字A(現在も未解読)

  • ミュケーネ文明(前1600年ごろ~前1100年ごろ)…線文字B(20世紀に解読、ギリシア語) ギリシア人がミノア文明の世界に侵入。まさにホメロスの描いた英雄たちが活躍した時代です。

  • 暗黒時代(前1100年ごろ~)…無文字時代

  • ギリシア文字の登場(前8世紀の後半~)

 「文化の文字化」が始まります。

■ホメロスの物語はどうやって成立したのか?

『イリアス』と『オデュッセイア』のような完成度の高い作品がいきなり作られたとは考えにくい、とされています。
古代世界には、物語(〇〇の物語=「○○の段」)を口承する歌人たち(アオイドス)がいて、古代の物語は、彼らが歌い継いだ「段」がたくさん集まって物語として受け継がれてきました。

例)『オデュッセイア』より
第8歌:歌人(歌を歌う人)デモドコスが「木馬の段」を歌い、オデュッセウスが涙する。
→『オデュッセイア』という物語のなかで、トロイアの物語の「段」の一つが歌われている。
https://www.kyoto-up.or.jp/books/9784814004225.html

物語のなかの物語を口承してきた歌人たちが歌う物語をもとにして、ホメロスの物語はまず成立したと考えられています。

■物語はどのように文字になった?

ホメロスの物語は、ラプソードス(吟遊詩人)あるいはホメリダイ(ホメロスの末裔)によって、口承で受け継がれていき、そのなかで現在の『イリアス』『オデュッセイア』の形になっていったと考えられています。

この物語が文字化(テキスト化)されたのは、前6世紀ごろのアテナイにおいてです。

■文字化によって失われたもの

文字はあくまで書かれたものを伝えていくだけ。吟遊詩人は物語を演じることができましたが、テキスト化された物語では、語り手と聞き手との間にあった物語の空間は失われてしまいます。吟遊詩人たちはテキスト化をどう思っていたのでしょう? 想像が膨らみます。

■西洋古典世界の終焉

西洋古代世界の終焉は、紀元後5~6世紀にあたります。

終焉を象徴する出来事が、東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌスの命によるアテナイの哲学学校の閉鎖(後529年)です。キリスト教に批判的だった哲学者たちによる講義が禁止され、その後、異教徒の哲学者たちはキリスト教に押されて徐々に活動しにくくなっていきました。

当時を象徴するのが、プルタルコス『モラリア5』内に出てくる著名な「大いなるパーンは死せり」の話です。牧神パーンは異教の代表。異教は滅び、キリスト教の時代がきたと後世にみなされるエピソードでした。

③どんな作品が西洋古典に入っているの?

その領域や分野、数について解説します。

■領域で分けると

  • 哲学 プラトン/キケロ

  • 歴史 トゥキュディデス/リウィウス

  • 文学 ホメロス/ウェルギリウス

ユダヤ・キリスト教関連の書物は含まれません。(④で解説)

■言語で分けると

  • ギリシア時代…ギリシア語の方言形

  • ヘレニズム時代…みんなが使えるギリシア語(標準語形=コイネー)

  • ローマ時代…ギリシア語の標準語形+ラテン語

ヘレニズム以降の作家はたいていバイリンガル、もしくはトライリンガル。 

■全部翻訳すると何冊?

たとえば、ガレノス(医学)だけでも翻訳すると50巻(を超える見込み)。Etc….

採算性の壁もあり(……)、全部訳すとなると非常に難しいところがありますが、仮にすべて訳すと相当な冊数に!

さらに言えば、それは知られている作品の冊数。

プルタルコス『英雄伝』『モラリア』、アテナイオス『食卓の賢人たち』を読むと、失われてしまって現代のわれわれが知らない作品がたくさんあることがわかるのです!

 西洋古典叢書がモデルとしているローブ叢書(1912年刊行開始)は現在で550巻を超えます。

現在150冊超の西洋古典叢書。創刊当初の目標300巻を達成するまでには、まだまだ25年はかかります!

④ なぜキリスト教は入らないの?

第1回ラストは、「西洋古典叢書」に含まれないジャンルについての解説です。

■ユダヤ教、キリスト教は含まれない

西洋の近代以降の文化の構造は、二本柱となっています。

  • ヘレニズム(ギリシア・ローマの文物)…多神教の世界

  • ヘブライズム(ユダヤ・キリスト教)…一神教の世界

ヘレニズムは宗教的には多神教(異教)の世界で、同時に、多くの学術の出発点となりました。

近代以降、西洋のひとびとにとっては長らく「心はキリスト教、知識はギリシア・ローマ」という枠組みが、教養の基礎になってきたのでした。20世紀以降はここから離れようという動きも出てきていますが、このような枠組みが果たした役割と影響は非常に大きかったのです。

■おまけ♪ 西洋古典翻訳の命!写本とは?

西洋古典に接していると必ず出てくる「写本」。

古代はテキストを手書きでひたすらに書き写し、劣化したらまた書き写し…を繰り返していました。

なぜ書き写されなくなったりするの? 写本ってどうやって作るの?といった話題のミニコーナーです。
(シリーズ[天]第2回「テキストは作るもの」も、ぜひご覧ください。)

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