十章 ご令嬢来店2
そうしてデザインを考え終えた頃にマーガレットが素材を持ってお店へとやって来た。
「……どうかしら、この素材であの女の鼻を明かせるかしら?」
「有難う御座います。……では、さっそく」
「俺も手伝うから、頑張って」
彼女の言葉にアイリスは素材を受け取ると早速作業台の上へと布を置いた。
イクトもそう言うと二人で作業を始める。
「ふふ。やっぱりアイリスはやればできますのね。これならあの女の鼻を明かせると思いましてよ」
三時間後に出来上がったそれを見たマーガレットが不敵に笑い言った。
トルソーには出来上がったばかりの品の良いグレー色のダッフルコートがかけられており、襟首には黒色のボアがついていて、コートを止めるボタンは象牙で出来ていた。
「イリスさんは大人な女性のイメージがあったので、落ち着いた感じに仕上げてみたんです」
「相変わらずその観察眼だけはずば抜けていましてね。あの状況下でよくそこまで見る事ができましてね……」
アイリスの言葉に飽きれと感心とか入り混じった声音でマーガレットが呟く。
「明日、イリスがどんな顔をするのか楽しみですわね」
「マーガレット様、何だか巻き込んでしまったようで申し訳ないです」
お嬢様の言葉に彼女は申し訳なさそうに謝った。
「気になさらないで。わたくしがわたくしの意志でした事ですから」
「お嬢様……本当にありがとうございます」
マーガレットの言葉にイクトもお礼を言って頭を下げる。
「い、イクト様のためでもありますもの。わたくしにできることなら何でもしたいんですわ」
途端に頬を赤らめ照れる彼女の様子に二人は優しく微笑んだ。
そうして翌日の朝。お店が開店すると同時にご令嬢が来店する。
「荷物はちゃんとまとめておいたのでしょうね?」
「その前に、アイリスが作った服を見てやってください」
「……まぁ、イクト様がそうおっしゃるなら見るだけですわよ」
今すぐにでも出て行けと言わんばかりの女性へとイクトがやんわりと止めるように話す。
その言葉に彼女は言うとアイリスへと向けてさっさと品を持って来いと顎で指示を出した。
「こちらになります」
「……まぁ、見た目は悪くありませんわね。素材もちゃんとわたくしが頼んだもので作られているようですし」
彼女がご令嬢へとコートを差し出すと、それを手に取り広げた女性が呟く。
「イリス。試着して見なさいな。どんな服でも試着してみない事には納得がいかないでしょうから」
「まぁ、そうですわね。これを着ればすぐに腕前が分かりますものね。……あぁ、着た瞬間破けなければいいのだけれど。まあ、田舎娘が作った服ですから心配ですわ」
「ここで言葉を吐き連ねていてもしかたないでしょ。さあ、早く試着してきてくださいな」
マーガレットの言葉に彼女もそれもそうだと言いながらも不安だとぼやく。
その様子に眉を跳ね上げ早くしろといいたげに彼女が言うと令嬢はようやく試着室へと入っていった。
「いかがでしょうか?」
「……まぁ、着心地は悪くはありませんわ。……って、あら、これよく見たらダッフルコートじゃありません事?」
恐る恐るアイリスが尋ねると試着室の中から女性が驚いた声で尋ねてきた。
「はい。お客様はとてもスマートでスタイルもいいですし、大人な女性だなと感じましたので……」
「ダッフルコートなんてわたくしには似合わないと思ってましたけれど、その、悪くありませんことね。わたくしの雪の様な白く美しい肌と輝くような髪の色はいつもどのコートを着てもぼやけてしまっていたのだけれど、このコートの形と色合いがわたくしの肌の色や髪の色を引き立たせてくれていて、襟首に付いたボアの黒が首のラインをしっかりと隠してくださいますし……その、気に入りましてよ」
アイリスが説明すると試着室からコートを着て出てきた女性が満面の笑みを浮かべて熱のこもった声で力説する。
「あら、アイリスの事をさんざん罵っていたくせに、ずいぶんとあっさりと手のひらを返しますのね」
「……ひ、人は見かけによらないと今日学びましたわ。それに、アイリスさんが作る服は全て手縫いなんですわよね? 手縫いでここまでの品質のものができるなんて、わたくし感激いたしましたわ。アイリスさん。貴女への非礼はお詫びいたします。これからもこの仕立て屋アイリスで、店長として働いていって下さいませ」
マーガレットの言葉に彼女は慌てて答えるとアイリスへと向きやり微笑み語る。
「はい! 頑張ります」
「わたくしはイリス・ロット・ホワイル。ホワイル家の三女ですわ。また、貴女に服を仕立ててもらうこととなると思いますので、覚えて頂けると嬉しいですわ」
「はい。イリス様。これからも仕立て屋アイリスをぜひともごひいきにしてください」
こうして仕立て屋アイリスに再び巻き起こった騒動は一件落着し、アイリスのファンがまた一人増えたのであった。
後日イリスがアイリスファンクラブを立ち上げたのだが、それをアイリス本人が知ることはない。