十二章 秋祭り準備1
蒸し暑い夏も過ぎ去り落ち葉が道を染めるある日のこと。
「秋祭り……ですか?」
「うん。正確には収穫祭と言って秋の豊作を願う儀式みたいなものなんだけど、豊穣の神へ感謝を捧げる日なんだ」
アイリスの言葉にイクトが頷くと説明する。
「そう言われてみれば、去年も同じ時期にお祭りをやってましたね」
「昨年は放火事件があってそれどころじゃなかったから、アイリスは今年が初めての参加ってことになるのかな」
去年の事を思い返しながら彼女は呟く。彼が言った言葉にアイリスも苦笑いする。
「そう言えば大変でしたよね。オーナー達今頃息子さん夫婦と一緒に仲良く暮らしてるのかな?」
「今頃はきっと幸せに暮らしていると思うよ」
アイリスは部屋を借りていた家の優しいご夫婦の事を思い出しながら話す。
それにイクトがにこりと笑いきっと大丈夫だと言った。
「放火事件が無かったら私、この仕立て屋アイリスで暮らすことも、イクトさんが叔父さんで先代が私のおばあさんだってことも知らないままだったかもしれませんね」
「時が来たら話すつもりではいたけれど、放火事件がきっかけになったのは確かだね」
火事騒動がなければアイリスは今もこの仕立て屋に通いながらの生活であったに違いない。
そして先代の事もイクトの事も知らないまま。そう思うとある意味放火魔のおかげで彼女はおばあさんの家であるこの仕立て屋で暮らせていて、独りぼっちだと思っていた自分に血のつながりはないが、叔父がいたという事実を知れた。そう考えたら大変な目にあったあの放火事件も感謝するべきなのではないかと思った。
「それで、秋祭りは中央広場でやることになってるんだけど、その時に秋の訪れを告げる精霊がこの国を訪れて、豊穣の神に秋が来たことを伝えるんだ。そうすると豊穣の神が地上に降り立ち作物が大きく育つように祈りを捧げる。……まあそんな感じの儀式みたいな事をやるんだけれど、その精霊役の人は特別な衣装を身にまとう。いつもなら王国御用達の仕立て屋が作ることになっているんだけれど、ジョン様やシュテナ様や隊長の話では病気がよくなったとは聞かないし、もしかしたら家で衣装を仕立てる事になるかもしれないね」
「まさか、そんな大事な衣装を仕立てるのに町の小さな仕立て屋なんかに話を持ってくるとは思えませんよ」
彼の説明を聞いていたアイリスはおかしそうに笑う。
「どうかな。春の女神様もこの仕立て屋に頼みに来たし、そのまさかが二度起こることもあると思うよ」
「イクトさんは来て欲しいんですか?」
小さく笑いながらイクトが言うと彼女は首をかしげて尋ねた。
「うん。だって、精霊役の人だって思っていたけど、もしかしたらレイヤ様みたいに本物の精霊様かもしれない。……そう思ったら会ってみたいと思わないかな」
「確かに、私も会ってみたいです。秋の精霊さんに」
優しく微笑み彼が言うとアイリスも同感だといった感じに満面の笑顔で答える。