六章 雨の日のお客様の正体2
「でも、イクトさん。何だかおかしなお話ですね。お母さんが子どもの頃に着ていたものなら分かるんですが、お母さんがずっと大切に着ていたものって?」
「そうだね。何だか引っかかるお話だったね」
試着室へと女の子が入っていくと、アイリスは今聞いた話に引っかかりを覚え、イクトへと尋ねるように言う。それに彼も首を傾げながら相槌を打った。
「……へへっ。どう、かな」
「「!?」」
女の子が試着室から出てくるとその姿に二人は目を丸くして呆然とする。
ドレスを着た女の子の耳は逆三角形にとんがっており、背中には虹色に透き通ったトンボのような羽が生えていた。
「わたしは水の妖精ウラティミス・ラウラ。みんなからはウラちゃんって呼ばれてます。お姉さんドレスを直してくれて、本当にありがとう。これで安心して妖精の国へと帰れます」
「……はっ! いいえ、それがお仕事ですから」
ウラティミスと名乗った少女の言葉で我に返った彼女はにこりと笑い答える。
「それで、雨の日にしか来れなかったんだね」
「水の妖精は太陽の光を浴びると泡となって消えてしまうから。だから、夏が来る前にこのドレスを直してもらいたかったの」
イクトの言葉に少女は頷くとそう説明した。
「このお店の事は精霊界でも噂になっていて、それでこのお店に頼めば直してもらえるんじゃないかって。お姉さんに頼んで本当に良かった。お姉さんは心を込めて一針一針縫い合わせて、わたしのドレスを仕立て直してくれた。その優しい気持ちがわたしにもちゃんと伝わっているよ。ありがとう」
「ウラちゃん。こちらこそ仕立て屋アイリスを選んでくださり有り難う御座います。服の仕立てからお直しまで何でも受け付けておりますので、またのご来店お待ちいたしております」
満面の笑顔で話すウラティミスの言葉にアイリスも微笑み答える。
「これ、お金。ちゃんと人間界のお金だから大丈夫だよ」
「有難う御座います」
「またいつでも遊びに来てくださいね」
少女が言うとお金を差し出す。それを受け取ると領収書を持ってきて渡す。イクトも微笑み声をかけた。
「うん。……また、ね」
ウラティミスははにかむと手を振ってお店を出て行った。
「ウラちゃんが水の妖精だったなんて」
「それで傘もささずに外を歩いていたんだな。傘なんていらなかっただろうに、余計なお世話を焼いてしまったようだね」
ウラティミスがいなくなると興奮した様子でアイリスが話す。イクトも小さく笑うと受け取った傘を傘立てへと戻した。
「ウラちゃんまた来てくれるといいな」
「きっとまた会えるよ。雨が降る日に、ね」
彼女が独り言のように呟いた言葉に彼が優しく微笑み答える。
「そうですね。雨の日の楽しみが増えました」
「そうだね」
にこりと笑いアイリスが言うとイクトも大きく頷く。
雨の日にやって来る小さな女の子はなんと水の妖精であった。この世界には女神も妖精もいる。きっと神様や精霊や神獣など他にもたくさんの存在がいるのだろうと知らない世界へと思いをはせるアイリスだった。
「……へー。ここが仕立て屋アイリス……か」
窓の外からアイリス達の姿を見る謎の男。何が面白いのかにやりと笑いじっとお店の様子を窺う。
「噂に聞いた通りすっごく楽しそうな店だな。そろそろこの服も着飽きてきたところだし、よっしゃ、ここは一つ。オレも頼んでみるかな。仕立て屋アイリスにオレに似合う立派な服をよ」
男は言うとお店の前から立ち去っていった。
お店を覗くこの男は一体? 仕立て屋アイリスにまた新たなお客が訪れる日も近いのかもしれない。