二章 吟遊詩人の登場2
「アイリス。お店番代わるよ。……大丈夫? 何だかひどく疲れた顔をしているようだけど」
「さっき変わったお客様がいらっしゃって。その人からいきなりお茶を誘われたんです」
休憩を終えて店頭に出てきたイクトがアイリスの顔を見て心配そうに声をかける。
それに彼女は今さっき出て行ったお客の事について話した。
「ははっ。いきなりうちの店長をナンパするとは、その人は見る目があるのかな?」
「イクトさんたら……その後マーガレット様がいらして、そしたら今度はマーガレット様をお茶に誘ったんです」
可笑しそうに笑う彼に彼女は本当に困ったんですよと言いたげな顔で説明を続ける。
「それは、確かに変わった人だね。でも、悪い人じゃないんだろう?」
「そうですね。女の人にナンパする困った感じの人ですが、悪い人には見えませんでした」
イクトの問いかけにアイリスは素直に答えた。たしかに軽い人ではあるが悪い人には思えなかったからだ。
「アイリスのおかげで毎日新しいお客様が来店されるようになって、いろんな人が来るようになった」
「イクトさん……もしかして、ご迷惑、でしょうか?」
彼の言葉に普段から気になっていたことを尋ねてみる。
「そんなことはないよ。アイリスのおかげで毎日退屈しなくて楽しい。きっとこれからもいろんな新しい出会いがあると思う。それでいいんだよ」
「よかった。もしご迷惑をかけているんだとしたらどうしようって思っていたので」
イクトが優しく安心させるように笑い話す。その言葉に安堵しアイリスも笑顔になった。
「迷惑だなんて思ったことは一度もないよ。そうだな、今日お見えになったお客様が次に来店されたら俺もお知り合いになれると良いのだけれど」
「ふふ。イクトさんたら……それで、そのお客様から依頼されたので今作っている品物が出来上がったら衣装のデザインを考えようと思います」
彼の言葉がおかしくて笑うと彼女はそう言って作業部屋へと籠ることを伝える。
「分かった。それじゃあ店番は俺に任せて、アイリスは作業を頑張って」
「よろしくお願いします」
イクトと別れるとアイリスは作業部屋へと籠り中途半端に止めていた作業へと戻った。
「さて、次は今日来たお客さんの衣装のデザインを考えないと」
以来の品を作り終えた彼女は紙を取り出すとデザインを考え始める。
「あの人吟遊詩人っていってたな。だけどすごく育ちがよさそうな綺麗な顔をしていたし、話す言葉もどこか気品を感じた。きっとすごく上品な人なんだろうな」
今日出会ったお客様の顔を思い浮かべながらデザインを考えていく。
「うん……よし!」
彼女は遂にアイデアをまとめ紙にペンを走らせる。
「これで行こう」
そう呟くと部屋の中にある素材へと目を向ける。
「破れにくく丈夫ででも柔らかくて肌触りの良い素材。そして切れにくくしっかりとした糸……うん。これでいこう」
独り言を呟きながらウールフィルの布にフェニックスの糸を手に取る。
「それからこれと、これも」
そう言うと高麗(こうらい)の羽と磨き抜かれた宝石を数種類選び作業台へと持って行った。
「……で、できた」
もう直ぐ閉店という時間。作業部屋にこもっていたアイリスが達成感に満ちた声をあげる。
「お疲れ様。たった一日でこんなにたくさんの依頼の品を作り上げるなんて大変だったろう」
「イクトさん。ずっとお店番させてしまってすみません」
いつの間にか側にイクトがいてクッキーと紅茶の入ったお盆をそっと作業台においてくれた。そんな彼へと申し訳なさでアイリスが謝る。
「店番くらいいくらでも構わないよ。でも、一人で無理しないように。手伝ってほしい時はいつでも頼ってくれてもいいんだよ」
「そ、そうでしたね。どうも私熱中しちゃうと頭から抜け出しちゃうみたいで……」
イクトの言葉に彼女は苦笑を零し忘れてしまっていたと話す。
「それで、今日来たお客さんの衣装も完成できたのかな」
「はい。見て下さい」
それについては特に何も追求せずに彼が話題を変える。アイリスは出来上がった衣装をイクトへと見せた。
シルクのように光沢のある滑らかな肌触りのワイシャツに緑色のベスト。ポンチョにもなるマントには幾何学模様の様な刺繍が施され、胸元にはガーネットのペンダントが煌く。下は白色のズボン。腰にはチェーンが幾つも付いていてその一つ一つに宝石がはめ込まれていた。頭にはヨーロピアンハットに高麗の羽がアクセントとして飾られている。
「これはまた、見た事のない組み合わせだね」
「吟遊詩人をされているということで、普通の組み合わせじゃつまらないんじゃないかと思って。思い切っていろいろと組み合わせてみたんです。……変でしょうか?」
驚いた顔でその衣装を眺める彼にアイリスは不安そうな顔で尋ねる。
「俺は良いと思うよ。アイリスがお客様を見て感じ取ったものを形にしたんだと思うから。後はこれをお客様が気に入ってくれるかどうかだけどね」
「そうですね。気に入ってもらえるといいんですが」
イクトの言葉に励まされながらもやはり不安がぬぐい切れない様子で、今すぐにでもお客に見せてこれを気に入ってもらえるかどうか知りたいと思いながら溜息を吐き出す。
「大丈夫。自信をもって」
「はい……」
そんな様子のアイリスへと彼が優しく励ます。
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