二章 吟遊詩人の登場3
それから五日が経ちお客が品物を取りに来る日となった。
「やあ、小鳥さん。元気かな?」
「いらっしゃいませ」
男性がお店へとやって来ると店頭にいたイクトが声をかける。
「あれ、今日は小鳥さんじゃないんだね……」
「俺はここの店員のイクトです。アイリスなら今奥で作業してますので呼んできますね」
彼の姿に不機嫌になることもなくむしろ他にも人がいたのかと驚いた顔をしてイクトを見詰めた。
その視線に気づいてか彼が説明すると奥にいるアイリスを呼びに行く。
「すみません。おまたせしました」
「気にしないで。忙しいのに何だか申し訳ないね」
イクトと共に店頭へとやって来たアイリスが謝ると男性が優しく笑い答える。
「この間の依頼の品を取りに来たんだ。……ちゃんとできてるかな?」
「はい。少々お待ちください」
少し不安そうに尋ねる男性へとアイリスが棚から籠を取り出しお客の前へと持って行く。
「こちらになります」
「早速試着してみても?」
「ぜひ。こちらへどうぞ」
依頼の品を見た男性の顔色が変わる。その様子に不安に思いながらも試着室へと案内した。
「いかが……でしょうか?」
「……」
試着室へと入ったまま出てこない男性へとアイリスは声をかける。しかし何の反応も返ってはこなかった。
「あ、あの……」
「本当に、この衣装を小鳥さんが作ったの?」
不安になりもう一度声口を開こうとした時男性の声が聞こえてくる。
「は、はい。あの……気に入らなかったでしょうか?」
「いや……とても気に入った。ぼくはこう見えても自分が身に着ける物にはとてもこだわりを持っているんだけど、これを着た途端ぼくの魅力が何十倍にも増したような気がしてね。それにこんなに質の良い品物は久々に見たよ。有難う小鳥さん。君が作ってくれたものだ大切に使わせてもらうよ」
「はい、有難う御座います」
彼女の言葉に男性の明るい声が聞こえてくるとアイリスも安堵し微笑む。
それから着替えて出てきた男性が会計を済ませる。
「ぼくはフレイっていうんだ。小鳥さん。君の事すごく気に入ったよ。また、なにかあったらよろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
帰り際フレイと名乗った男性がアイリスへと微笑む。それに彼女も笑顔で答えた。
「イクトだっけ、君。すごく見る目があるね。この子を店長に選んだ理由。なんとなくだけど分かった気がしたよ」
「ははっ。それはどうも」
今度はイクトへと視線を送るとふっと笑い呟く。それに彼が微笑んで答える。
「ぼくはしばらくこの町に滞在しているから、また小鳥さんの顔を見にお店に寄らせてもらうね」
「は、はい」
フレイが再びアイリスを見るとウィンクを一つする。それに苦笑を必死にこらえながら返事をした。
男性が店を出て行くとアイリスは大きく息を吐き出す。
「変わった人だけど、確かに悪い人ではなさそうだね。だけど……」
「イクトさん、どうかしたのですか」
イクトが口ごもった様子に彼女は不思議に思い尋ねる。
「……いや、俺の勘違いかもしれないけれど、先ほどのフレイさん。どこかでお会いしたことがあるような気がして」
「吟遊詩人なので以前にもこの町にいらしていたことがあるとか?」
顎を捻り思考を巡らせる彼へとアイリスも一緒に考えながら話す。
「そうかもしれないね。まぁ、何にしてもまともそうな人で安心したよ。本当に女の子なら誰でも構わずナンパするナンパ師だったら困った事になっていたかもしれないけれど、フレイさんはちゃんと人を見ているようだったから」
「そうなんですか?」
彼女の言葉にそれもあるかもしれないと笑いながら話す。イクトの言葉にアイリスは不思議そうに尋ねた。
「うん。俺はそう思ったよ」
「よかった。フレイさんただのナンパ師じゃなくて。イクトさんが関わるなって言ったらちょっと考えようかって思っていたんですが、またこの町で新しい人と知り合えて嬉しいです」
彼の言葉にアイリスはほっとした顔をしてそう伝える。
こうしてこのお店にまた愉快なお客様が一人加わり、さらに賑やかになっていくのだった。