ライゼン通りのお針子さん~新米店長奮闘記16
「ここのお店の店長さん。とっても腕がいいでス。この衣装もアイリスさんが作ってくれましタ」
「へ?」
何やらお店の外が騒がしいなと思い出てみるとそこには衣装を着て客寄せするミュゥの姿が。
「ミ、ミュゥさん一体何を?」
「あ、あの人がアイリスさんでス。あの人とっても腕がいい仕立て屋さん。あの人に仕立てを頼めば間違いなしでス」
驚いて声をかけた途端にこりと微笑み彼女がアイリスを指し示す。
「私の服を作ってください」
「俺の服破けちゃってさ。縫い直してくれないか?」
「仕事着が丁度欲しかったんだよ。お願いできないかねぇ」
「ワシみたいな年寄りの服も仕立ててもらえるのかね」
「え、えっと。皆さんとりあえず順番に。お店の中で受け付けますので」
我も我もと仕立ててくれと声をあげてくる街の人達の対応をしているといつの間にか閉店の時間になっていた。
「はぁ~。疲れた」
「アイリスさん流石です。あんなにたくさんのお客さんヲ一人で対応できるなんて私感動しましタ」
「……」
カウンターへと突っ伏してしまったアイリスへとミュゥが笑顔で声をかける。彼女はこのお店のためを思いしてくれていることが痛いほど伝わっているので何も言えずただミュゥを見詰めた。
「大変だったようだね。お疲れ様。これ会議の席でふるまわれた舶来のおかしなんだけど、お茶を入れてくるから一緒に食べよう」
「イクトさん……ありがとうございます」
閉店時間に帰ってきたイクトがお店の前の人だかりを見て「今日はもう店じまいなのでまた明日お越しください」と言って帰してくれたおかげでアイリスはようやくゆっくりできる時を得たのである。
気遣ってくれる彼の優しさに涙ぐみお礼を言って奥の部屋へと向かう。
「私もお手伝いしまス。アイリスさんお疲れみたいなので、私の国の疲れがとれる料理作って食べれば大丈夫ですヨ」
「ミュゥさんもありがとうございます」
流石に自分のせいで疲れてしまったアイリスの事が気がかりなのか、ミュゥが料理を作ると言い出す。
その好意にお礼を言うがその笑顔はひきつっていて元気がない。そしてミュゥは材料を買ってくるからとお店から出ていった。
「どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
紅茶を注ぎカップを机に置くと貰って来たおかしをお皿に盛り差し出す。
アイリスは紅茶を一口飲むと舶来のおかしを口に運ぶ。
「うん。甘くておいしい。これはなんていうおかしなんですか」
「これはカステラっていって海の向こうの大陸のおかしらしいんだ。俺も食べるのは初めてかな」
彼女の言葉にイクトも初めて食べることを伝える。
「ふわふわした生地にさっと溶けるザラメの味。世界にはこんなにおいしいおかしが存在するんですね」
「少しは元気になったみたいだね」
「はい」
「お待たせしましタ。材料買ってきたからすぐに作りますネ」
二人がおかしを食べているとミュゥが戻ってきて料理を始めた。
「私の国の料理カレーっていいます。本当はナンにルーをつけて食べるんですけド、さすがにこっちにはナンはないのでこのパンにつけて食べくださイ」
「わ~。茶色いどろどろのスープみたい」
「このスパイシーな香りは香辛料かな」
数分後料理が完成し机へと置かれる。見たこともない茶色いスープ状の食べ物に二人の目は釘付けになる。
「そうです。辛くておいしい私の国の郷土料理でス」
「いただきます。……むぅ。か、からひ~」
「これは……口の中がひりひりするね」
口に入れたとたん広がるスパイシーな香りと共に舌がやけどするような感覚に二人の顔は歪む。
「それがいいんです。疲れた時に食べると体中ポカポカして元気になりまス」
「み、水~」
「俺も水が欲しいかな」
笑顔で説明するミュゥの言葉など聞こえていない様子でアイリスは慌ててお水を取りに立ち上がる。イクトも少し大きめのコップを用意してそこに水を注ぐように頼む。
「どんどん食べて、お水を飲んでまたどんどん食べテ元気いっぱいになってくださイ」
一人だけにこやかに笑いお代わりを継ぎ足す彼女の様子に二人は苦笑を零す。
そうしてこの日は口の中がひりひりとしたままの状況でアイリスは家へと帰ると疲れによりそのまま眠りについた。