七章 夏祭りの準備1
長雨が明けるといよいよ夏本番。毎日蒸し暑い日が続くある日。仕立て屋アイリスでは夏祭りの準備に追われていた。
観光名所であるこのコーディル王国では一番の稼ぎ時であるのだから、祭りの準備にも熱が入る。
「イクトさん。この段ボールは何ですか?」
「確かそれにはランタンが入っていたと思うよ。店先につるして飾るんだ」
倉庫から段ボール箱を持ち出してきたアイリスが尋ねると、イクトが店内のレイアウトを変える作業をしながら答えた。
「では店先につるしてきますね」
「いや、危ないからそれは俺がやるよ。アイリスは店内の飾りつけをお願いできるかな」
「分かりました」
二人は話し合うとそれぞれ作業を交代し、観光客向けの飾りつけを仕上げていく。
「ふ~。……できた」
「お疲れ様。段ボールの片づけは後にして、ちょっと休憩しようか」
額に滲む汗を拭いながらアイリスが言うと、イクトも作業を終わらせたようでそう声をかけてくる。
「では、お茶を入れてきますね」
「俺はお菓子でも用意するよ」
二人で簡易台所のある部屋へと向かうとお茶とお菓子を用意して一服つく。
その時お店の方から鈴が鳴る音が聞こえ、誰かお客様が来たことを知らせる。
「私行ってきます」
立ち上がろうとするイクトを止めてアイリスは言うと店内へと戻った。
「いらっしゃいませ、仕立て屋アイリスへようこそ」
「よう。邪魔するぜ」
彼女が店に戻ると陽気な声の男性が満面の笑みを浮かべて答える。
「あんたがここの店長のアイリス?」
「はい。本日はどのような御用でしょうか」
笑顔を崩さず男性が尋ねきた。それに答えると用件を窺う。
「オレに似合う逸品を仕立ててもらいたくてな。これから夏本番だろ? お祭りの時に着てパーッと燃え上がるようなそんなオレにぴったりな服を仕立ててくれよ」
「畏まりました。では、寸法を測らせて頂きますね」
男性の言葉にアイリスは答えると試着室へと案内する。
「寸法……あ、そっか。サイズを測るのか。よし、分かった! お願いするわ」
「ふ、服は脱がなくても大丈夫ですよ」
彼が独り言を呟くと彼女の目の前でいきなり服を脱ぎ始めたので、慌てて声をかけてその行動を止めた。
「は~。どんな服が出来上がるのか今から楽しみだな」
(元気のいい人だな……まさに夏の海が似合う男みたいな感じ)
いちいち元気いっぱいに話す男性の様子にアイリスは思った事を内心で呟く。
「よう、アイリス。また服を仕立ててもらいたいんだが……!?」
「あ、マルセンさんいらしゃいませ」
扉が開かれマルセンが店に入って来ると男の顔を見て驚く。
その様子に気付かずにアイリスはいつものように声をかけた。だが、彼はその言葉が聞こえていないくらい驚き男性を見ている。
「お、にぃちゃんもこの店のお客さんだったのか。良い店だよな、ここ」
「な、なんでお前がここにいるんだよ!? あんまりフラフラするなっていわれてんだろうが」
男性がマルセンに気付くと親しい間柄なのか笑顔で話しかけた。彼の方へと歩み寄ると勢いよく怒鳴るように言葉を放つ。
「だって、ずっと部屋でじっとしてるのなんて退屈で仕方ないだろ」
「あんた、自分の立場分かってんのか?」
男性が唇を尖らせ抗議すると彼が怒鳴るような口調で尋ねる。
「分かってるって、この国を護るせ――」
「なっ!? 分かってんなら変な言動は慎めって!」
彼が何か言いかけたがそれを遮るようにマルセンが慌てて大声をあげて言う。
「あ、あの……マルセンさん、お知り合いですか?」
「あ、ああ。ちょっとした知り合いでな。……悪い。俺用事を思い出した。また今度な」
何時も落ち着いている彼が怒鳴っている姿を見て驚いていたアイリスは、ようやく我に返るとそっと声をかける。それにマルセンが答えると慌ててお店から出て行ってしまった。