第十二章 異世界から来た賢者3

 刹那について森の奥へと向かうとそこには巨大な神殿が姿を現す。かつての技術力で作られたと思われるが、昔の人が造り上げたにしては今の江渡の時代でも見た事のない作り方で建てられており、一同驚きと興奮でしばし観察する。

まるで時が止まってしまっているかのように当時のまま変わらぬ姿で佇む神殿の姿を神子達は呆けた顔で見上げ続けた。

「さ、中に入って」

口をあんぐりと開けたままの彼等へと刹那が声をかけるも、神子達は気付かず呆けた顔のまま突っ立っている。

「これが時の神殿……」

「すげ~。こんな建物今まで見た事ねえ」

「こんな凄い建物を当時の人々は造り上げたというのか?」

神子が呟くと伸介と喜一も驚きをそのまま声に出して独り言を漏らす。

「この神殿は僕がこうやってつくるようにと指示を出して造ってもらったものだからね。この世界の技術ではない技で造られている。だから見た事ないのも当然だよ」

「刹那さんは本当にこの世界の外より来たお人なのですね」

そんな彼等の呟きに答えるように彼女が話すと、文彦が改めて刹那がこの世界の外より来た賢者であると認識する。

「私は知ってるよ。これイギリス辺りの神殿と作りが似てるから」

「あっちの技術力とほぼ同じレベルで造られてるみたいだからな」

信乃が知ってるとばかりに話すと紅葉もそう言って笑った。

「君達は近未来の日本で生活していたからね。さ、もういいでしょ。中へと入るよ」

刹那が再度声をかけると皆足を動かし神殿の中へと向かう。

中へと入ると会議室のような感じの部屋へと連れて行かれ、そこに座ってこれからのことについて話すこととなった。

「邪神は今持ちえる力の限りを使い神子の旅を妨害し殺めようとしている。それが叶わなかった時は自分の下へとやって着た神子を殺しその魂を食らうつもりだ」

「でも、そんなことは絶対にさせやしない。俺達が必ず邪神を討ち滅ぼす。そうなんだろ」

皆が座ったのを確認し口を開いた刹那の言葉に伸介が真っ先に話す。

「そう、だからこそちゃんとした作戦を考えないといけない。邪神は君達が何も知らずにやって来ると思っている。だからその隙をついて奴は神子や君達を殺すつもりなんだ。でもこちらは邪神の陰謀に気付いている。だから身構えていくわけだ。でもそれだと邪神はこちらが自分の存在について気付いてると知り警戒する。言いたいことは分かるね」

「つまり邪神の陰謀がバレている事に気付いていないふりをして奴に隙を与えるという事だな。こちらが身構え過ぎていれば邪神は持ちえる限りの勢いで襲い掛かってくる可能性があるから」

彼女の話に真人が理解しているといった感じで語った。

「その通り。こちらが身構えて行けば奴は隙を作ることなくいきなり襲い掛かってくるはず。こちらが有利に戦えるようにするには奴が襲い掛かってくる前に先手を打つ必要がある」

「つまり先制攻撃って事だね」

刹那の言葉にレインが口を開く。それに彼女がこりと笑い頷く。

「それで、これが一番大事なんだけど、君達が行う作戦は……」

『……』

真剣な顔で話す刹那の次の言葉を皆固唾を飲み見守る。

「……特に何も考えず自然体で相手と対峙する事」

「はぁ? なんだそりゃ。そんなのが作戦なのか」

しかし次に口にされた作戦内容に拍子抜けした顔でアシュベルが尋ねた。

「頭を使った戦術や練り固めた作戦で奴を簡単に倒せるならとっくに倒せているさ。それより重要なのは君達が普段から出している実力でそのまま挑めるかどうかだ。力みすぎても焦りすぎても相手を倒す事なんかできやしないからね」

「なるほど。つまり私達が奴に勝てるかどうかは普段の実力を出せるかどうかにかかっているという事だな」

「警戒しすぎても相手に感づかれては全ての計画が水の泡になる。だからこそあえて簡単明確な作戦で挑むという事か」

刹那の言葉に納得して隼人が頷く。亜人もなるほどといった感じで話した。

「君達全員の絆の力、そして揺るぎない信頼関係があれば必ず邪神を打倒せる。だから不安がる必要はない。君達ならできる。だから大丈夫だ」

彼女が言うとふわりと笑う。その励ましの言葉に緊張していた皆の心が緩み、本当に自分達なら大丈夫だと思えるようになった様子で今まで硬かった表情に笑顔が浮かんだ。

「何かわからない事があれば何でも聞いて。僕が知りえる邪神についての情報を提供するから」

「流石は賢者様。とても心強い仲間ができましたね」

刹那がその言葉で締めると優人が微笑み神子へと話す。

「ねえねえ、ボクこの神殿の中を探検したい」

「私も。久々にこの中を見て見たいな」

すると今まで空気を読み黙って話を聞いていたケイトとケイコが口を開いた。

「いいけど、勝手に魔法陣を発動させたり、変な所に入り込んだり、書棚の本をぶちまけたりとかしないでね」

「し、しないよ。あの頃のボク達とは違って成長してるんだから」

「そ、そうよ。ワタシ達もう何千年も生き続けてる立派な大人なのよ。そんなことしないわよ」

そんな二人へと彼女が溜息交じりに注意する。ケイトとケイコが抗議するように話すが何やら挙動不審である。

「じゃあ何で目が泳いでるのかな」

「「ゔっ」」

それに気づいている刹那がジト目で二人を見やり尋ねるように言うと、ケイトとケイコは声を詰まらせた。

「……後始末が大変なんだから、変な事はしないでね」

「「気を付けま~す」」

溜息を吐き出しそう言った彼女へと二人が慌てて返事をする。

「あのケイトとケイコをここまで制御できるなんて」

「ぼくの言うことを聞くようになったのにも時間がかかったと言うのに。流石は賢者様」

「僕達の知らない過去に何があったのでしょうかね。まあ、何があったとしても賢者様と二人の関係は目に見えてわかりますが」

栄人が驚き呟く横で真人も同じような顔をしながら刹那を讃嘆する。優人が独り言を零すと苦笑した。

こうして賢者として称えられ伝説の人物として後の世まで語り継がれていた刹那が仲間に加わりいよいよ邪神の下へと向かうこととなる。

刹那は邪神の真の倒し方も知っている様子だが、そのことについて今は口に出しては決して語らなかった。神子達はそれがなぜかは分からなかったがこれ以上のことは聞けず、とにかく今は疲れ果てた体と心を休ませるために時の神殿で眠りにつく。

「……さあ、この長く続いた物語の本当の結末を皆で迎えよう。……君達なら大丈夫さ。あのころと違ってとても強くなったし、力をつけてきたのだから。そして世界を護る神々や精霊達に愛されてその加護を一身に受けて育ってきたのだからね」

皆が寝静まった夜更けに一人だけ起きている刹那はそっと微笑み空に浮かぶ不気味なほどに赤い月を眺めながら独り言を話す。

「アオイ達との約束だからね。神子達の事はぼくに任せて、必ずや守り抜いてみせるから。そして、この長く続いた聖女伝説を本当の意味での聖女伝説へと変えよう」

そう呟くと胸元に揺れる緑の石へと手を伸ばし祈りを捧げる。するとこの地を守るかのようにきらめきが広がり見えない力が包み込む。

「邪神……君の下にもこの力が伝わっているだろう。神子達に逃げ場がないように君にも逃げ場なんかどこにもない。常に僕が目を光らせていることを知るといい。君の思惑通りになんかさせやしないからね」

にやりと笑うとどこかを見据えて独り言を呟く。100年前から続いた邪神と瑠璃王国の姫との因果関係の決着がようや終結する。その日は刻一刻と迫っていた。

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