ライゼン通りのお針子さん~新米店長奮闘記~7
第三章 騎士団隊長の大量注文
アイリスがお店の店長になって一週間が過ぎた頃。お店に新しいお客様がやってきた。
「失礼する」
「いらっしゃいませ仕立て屋アイリスへようこそ」
そのお客は無表情でぶっきらぼうな口調で言うとお店の中へと入って来る。そして店内の様子をまるで品定めするかのように見まわした。
「失礼、お嬢さん。このお店の店主は今いらっしゃるだろうか」
「あ、あの。私がこのお店の店長を務めさせて頂いておりますアイリスです」
お客のそばへと小走りで近寄っていった彼女へと男性がそう尋ねる。
「君が……このお店の店長?」
「は、はい。実はある条件付きで今このお店で働かせて頂いております」
疑うような眼差しで見てくるお客へとアイリスは事情を説明した。
「ふむ。そうか……実は、このお店の評判を聞いて服を仕立ててもらいたいと思い伺ったのだが、君が店長だと聞いて考えが変わった」
「まあまあ、隊長そういわず。話だけでも伺わせてはもらえませんか」
気難しい顔でそう言うと帰ろうとする男性へとイクトが声をかける。
「あ、イクトさんお帰りなさい」
「ただいま。それで隊長。本日はどのようなご用件で」
素材の買い付けに言っていた彼へと声をかけるとイクトが笑顔で答えお客へと尋ねた。
「……今年入団する隊員達の服を仕立ててもらおうと思い仕立て屋を探していたところマルセンやマーガレット様がこのお店を推薦してくれてな。それでここに来たというわけだが、こちらのお嬢さんが店長だと聞いて依頼を頼むのはどうかと思ってしまってな」
「ああ、王国騎士団の隊服の発注の注文でしたか。しかし王宮に勤めている方達の服は専属の仕立て屋に頼んでいると聞いておりましたが」
男性が難しい顔をして考え込むとイクトが理解したが疑問に思ったことを問いかける。
「いつも頼んでいる仕立て屋の方が病で寝込まれてしまってな。それで代わりに服を仕立ててくれるお店を探していたのだ」
「そうでしたか。それならぜひともうちの店長にお任せください」
「へ?イクトさん……」
お客の言葉に彼がにこりと笑い言った言葉に驚いてアイリスが慌てて声をかけた。
「しかし大量注文になる。大変失礼ながらこの娘さんにそれを任せるのはどうにも心配なのだが……」
「まあ、そういわず一度試させてください」
躊躇う男性へとイクトが自信満々にそう言って微笑む。
「……しかしもし納得のいく品ができなかったらその場合このお店の経営自体ができない状態になりかねんぞ」
「俺はアイリスの腕を信じてます。それに俺も手伝いは致しますので」
難しい顔で言ったお客へとイクトが真面目な顔になりそう言って聞かせる。
「……分かった。では一か月後の入団式に間に合うように百着は作ってもらいたい。頼めるか?」
「ひ、百着ですか……分かりました。やってみます」
考えた末にお客がそう頼んでくる。そのけた外れの数に驚いたもののここでできないとは言えなくてアイリスは頷く。
「では、頼んだぞ」
「……イクトさん。どうしてあんなことを」
お客様が出ていった後に不安そうに彼女は口を開いた。
「君もそろそろ大量注文に挑んでもいいと思ってね。この機会にと考えたんだが、自信がなさそうだな」
「だって手縫いしかできない私は一つの注文の品を作るのだって一日がかりなんですよ。それなのに百着も作るなんて」
相変わらず優しい笑顔と口調で語りかけてくるイクトへと彼女は俯き顔を曇らせる。
「それでは今すぐに隊長を追いかけてやはり自分にはできませんというのかい?」
「……」
すこし強い口調で彼が言うとアイリスは黙り込む。
「俺はアイリスならできると思っている。そしてそれができた時君にとっての自信へとつながると確信している。大丈夫、俺も手伝うから。だけどねどんな服に仕立てるのかは君のアイデアに任せる」
「イクトさん……はい。私頑張ります」
やる前からできないと決めつけてはいけないと言いたげなイクトの眼差しに彼女は力強く頷き答えた。
それからアイリスはイクトに型を用意してもらいどんな隊服にするのかを考える。
「う~ん。やっぱり王国騎士団のイメージをそがないデザインが良いわよね。それから動きやすく仕事がしやすい感じかしら」
「丈夫でしなやかなのも大事になって来るよ。何しろ国と王室を守るのがお仕事だからね」
服のイメージを紙に書いてみながらどんな服にしようかと頭を捻らせた。イクトも一緒になって考える。
「そうですね。ではこんな感じで……うん、これでいこう」
「それじゃあさっそく作っていこうか」
「はい」
デザインが完成すると早速生地と糸を選ぶ。
「私のイメージだとこのメルクイーンの布に虹色雷魚の糸だと思うんですが今あるだけだと足りないような気がして」
「では素材の発注だね。今後発注の仕方も覚えてもらえたら俺も助かる」
「はい」
素材を手に取り考えるアイリスへと彼がそう言って発注のやり方を教える。
「市場にいる商人にこの発注書を届けるんだ」
「今日イクトさんが行ってきたところに行けばいいんですね」
「うん。市場は君が住んでいる郊外の近くにある。今日の帰りにでも渡してきてくれないかな」
「はい、分かりました」
二人のやり取りは終わり発注書を忘れないようにとカバンの中へとしまうといまある素材で作れるだけの服の型をとっていく。
この日の作業はこれで終わり閉店後市場へと立ち寄ったアイリスはイクトに教えてもらった商人のお店へと発注書を渡し家へと帰る。