十三章 精霊様の頼み事2
それから翌日。クラウスが頼んだ衣装が完成した。
「イクトさん、見て下さい」
「お疲れ、これが収穫祭の衣装か。よくできているね」
作業部屋から勢いよく飛び出してきたアイリスがイクトへと声をかける。それに彼も微笑み彼女が見せてきた衣装に感想を述べた。
落ち着いた焦げ茶色のジャケットに紅葉色のネクタイ。イチョウ色のラインの入った茶色のベスト。ワイシャツにはちりばめられた紅葉の模様が薄ら浮かぶ。ズボンにも近くで見ないと分からないほど細かく描かれた枯れ葉のマークが全体にちりばめられていた。頭には紅葉した葉っぱをイメージして模った飾りのついた焦げ茶色のチロリアンハット。落ち着いた雰囲気の中にどこか遊び心が見え隠れする逸品となった。
「お客様とても落ち着いていてすごく大人な雰囲気だったので、でも、それだけじゃないような気がして、それでこの衣装を作りました」
「うん。アイリスがそう思って作ったのなら、きっとお客様も喜んで下さると思うよ」
「はい」
アイリスの話を聞いてイクトが優しく微笑み答える。彼女も嬉しそうに笑顔で返した。
衣装が出来上がってから三日後にクラウスが来店してくる。
「失礼……この前頼んだ衣装は完成しているだろうか?」
「いらっしゃいませ。いま、アイリスを呼びますね。……アイリスお客様だよ」
「はい。あ、クラウスさん。お待ちしておりました。少々お待ちください」
彼の言葉に店番をしていたイクトが対応するとアイリスを呼ぶ。
彼女が作業部屋から出てくるとクラウスを見てすぐに棚から商品の入った籠を取り出した。
「こちらになります」
「試着してみてもいいかな」
「はい。どうぞこちらへ……」
籠の中の商品を見た彼がそう言うとアイリスは試着室へと案内する。
「いかが、でしょうか?」
「うむ。見た目はピシッとしていて固そうだが、柔らかな生地で出来ているため着やすくて動きやすい。それにこのちりばめられた柄はなかなかいいと思う。帽子についている飾りも邪魔にならずちゃんと服との相性がいいようだ。衣装として着るだけではもったいないほどよくできている」
「あ、有難う御座います!」
不安そうに尋ねる彼女へと試着室の中から男性が声をあげ感想を述べた。その言葉にアイリスは嬉しくて笑顔でお礼を述べる。
「レイヤやマクモがとてもいい店だと言っていた通りのお店だったな。また、何かあったらお願いしたい」
「こちらこそ、今後とも是非ごひいきにして頂けると有り難いです」
着替えて出てきたクラウスが笑顔で言った言葉に彼女は嬉しくてにこりと笑い答える。
「収穫祭でこの服を着た俺の姿をぜひ見に来てくれると嬉しい。では、また何かあったらよろしく頼む」
「はい。有難う御座いました」
彼が言うとお店を後にする。その背中へ向けてアイリスは頭を下げ見送った。
「とても素敵な人だったね。あの人が秋の精霊さん?」
「私もそう思ったんですが、でも、どう見ても人間ですよね?」
イクトの言葉に彼女も疑問符を浮かべながら答える。
「そうだね。でも精霊さんにしても人間にしてもとてもできた人だね」
「そうですね。すごく真面目そうでしたし、落ち着いていてすごく素敵な大人の方ですよね」
彼の言葉にアイリスも同感だといった感じに頷く。
「俺も、見習って大人な男性にならないといけないかな」
「へ。イクトさんは今でも十分素敵な大人な男性ですよ」
「ははっ。有り難う」
イクトの言葉に彼女は驚いてそう話す。その言葉に彼が嬉しそうに笑いながらお礼を言った。
それから秋祭りが始まり、アイリスの作った衣装を着たクラウスが祭壇の前で儀式を行うと豊穣の神が現れ式辞を述べこの国に秋の実りがもたらされた。
クラウスの着た衣装が彼の魅力を引き立たせ、また、厳かな儀式にとても似合っていたと噂が広まる。そしてその服を仕立てたのが仕立て屋アイリスであると人々の間に伝わると国の外からもお客が訪れるようになった。
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