ライゼン通りのお針子さん~新米店長奮闘記~8
三日後発注した素材が届いたので取りに来て欲しいと連絡があり、アイリスが店番をしながら服を作っている間にイクトが品を取りに行った。
「それじゃあ素材も届いた事だし今日も頑張って服を作ろうか」
「はい」
彼が帰ってくると作業部屋へと素材を持って行き棚に仕舞う。そして作業に取り掛かろうかとした時お客が来たことを知らせる鈴の音が鳴り響く。
「いらっしゃいませ。仕立て屋アイリスへようこそ」
「よう。アイリス、今日も順調に仕事してるか」
作業部屋から出てくるとマルセンが店の中に立っていた。
「あ、マルセンさん。本日は如何なさったんですか?」
「いや、ちょっと近くにきたんでな。それより王国騎士団の隊長がここを訪ねてこなかったか?」
今日は何の用できたのか尋ねるアイリスへと彼がそう聞いてくる。
「ええ、いらっしゃいましたよ。それで今急いで注文の品を仕立てている最中なんです」
「そうか……アイリス。これ、知人から貰ったんだが俺じゃああつかいに困っていてな。良かったら使ってくれ」
それに素直に答える彼女へと彼が袋一杯の素材を差し出した。
「これは不死鳥の羽ですよね?」
「ああ。この羽は丈夫で長持ちすることで有名だからな。今回の依頼の品にちょうどいいんじゃないか」
「ありがとうございます。早速糸にして使わせてもらいますね」
素材を見たアイリスへとマルセンが説明するように話す。素材を提供してくれるなんてありがたいと思いながらお礼を言うとそれを受け取る。
「顔色が悪いようだが、あまり無茶はするなよ」
「大丈夫ですよ、少し疲れがたまっているだけです。ちゃんと休んでますので」
心配そうに言う彼へと彼女は安心させるように笑顔で答えた。
「それじゃあ俺はこれで」
「はい。……結局マルセンさん何しにいらしたんだろう?」
マルセンが何しに来たのか分からず疑問を抱いていると再びお店の扉が開かれお客が訪れる。
「アイリス、イクト様の足を引っ張ったりしていなくて」
「あ、マーガレット様いらっしゃいませ」
扉を開けて入ってきたマーガレットがそう尋ねるとアイリスは笑顔で接客する。
「……ちょっとあなた顔色が悪いみたいだけど、ちゃんと休んでますの。あなたが倒れでもしたらイクト様にご迷惑がかかるんですから、しっかりしてちょうだいよ」
「大丈夫ですよ。仕事詰めでちょっと疲れてはいますがちゃんと家ではゆっくり休んでますので」
彼女の表情を見たとたん心配そうな顔になったマーガレットがそう話す。それにアイリスは安心させるように微笑み答えた。
「もう……それでお仕事の方は順調なのかしら」
「はい。今依頼された品を作るのに忙しいくらい順調です」
「そう。……それならいいんですわ。それじゃあね」
マーガレットの質問に答えると彼女は安心した様子で微笑み店を出ていく。
「はい。……マーガレット様も一体何しにいらしたんだろう?」
「二人ともアイリスの事が心配なんだろう。ここの所君は作業部屋に入ったまま出てこないことが多かったから、でも君の顔を見て少しは安心したんじゃないかな」
二人の客人が注文もせず帰っていったことを不思議に思い呟くと作業部屋から出てきたイクトがそう説明する。
「私お客様にまで心配かけさせちゃってるんですね」
「どうやらマルセンもお嬢様もすっかり君のファンになってしまったようだね」
「私のファン?」
お客様にまで心配をかけさせている事実に俯くアイリスへと彼がそう話した。その言葉に不思議そうに首を傾げる。
「うん。お客様の心を掴んでるって証拠だよ。これからもお客様に満足してもらえる服を仕立てていこうね」
「はい。そうなるように頑張らなきゃ。まずは今受けている騎士団の隊員服を全て仕上げてしまわないと」
「そうだね。それじゃあ残りの作業も頑張ろうか」
笑顔で語るイクトの言葉に意気込む彼女へと彼は優しく笑いそう促す。そうして再び作業部屋へと戻ると二人で隊服を縫う作業を続けた。
それからさらに一週間が経過しついに納期まであと二週間となったある日。
「できた。後はこの不死鳥の羽から作った糸で刺繍を施せば……完成」
「よく頑張ったね。お疲れ様」
最後の服を仕立て終えると作業台に突っ伏してしまったアイリスへとイクトがそう声をかける。
「イクトさんが手伝ってくださったからです」
「俺は裏地を縫い合わせるのを手伝っただけで、後は全部アイリスが一人で頑張ったんだよ」
慌てて起き上がるとそう言って首を振る。そんな彼女へと彼が微笑み言った。
「でも、この依頼を達成できたのはイクトさんの支えがあったからこそです。ですからお礼を言わせてください。ありがとう御座います」
「うん。でもこれで君はどんな依頼が来たとしてもやっていけれることが分かった」
イクトの力があったからこそ今回の依頼は達成できたのだと語るアイリスの言葉に、感謝されて素直に頷くもそう言って褒める。
「はい。ってあれ?発注した在庫がこんなにあまってる。もしかして私発注ミスを?す、すみません……」
「ははっ。俺も言われるまで気づかなかったよ。大丈夫。足りないのなら困るけど、多い分には次に回せられるから」
周囲に積み重なった在庫の箱の山に気付いた彼女は自分の失敗に気付き頭を下げた。その言葉にイクトも周りを見て今気づいたとばかりに笑う。
「イクトさん……」
「でもこれからは発注ミスしないように心がけてね」
「はい」
彼の優しさにいつも助けられてばかりだと涙ぐむアイリスへとイクトがそうやんわり注意する。それに彼女も力強く頷き答えた。