終章
鳥のさえずりが聞こえる穏やかな朝。私はそっと目を覚ますと着慣れた着物に袖を通す。
「お父様、お母様。おはようございます」
「ああ、レナ。おはよう。今朝の目覚めはどうだ?」
「レナおはよう。昨日はゆっくり眠れたかしら」
大広間でくつろぐカイトさんとサキさんいいえ、私のお父様とお母様の下へと向かうと元気のよい声を意識して挨拶する。
それに二人が穏やかな微笑みを浮かべて話しかけてきた。
「はい。とても素敵なお部屋で私が使うのがもったいないくらいでした」
「はは。そんなこと気にすることはないよ。だってあそこはレナのお部屋なのだから」
「そうよ。ルナも貴女が使ってくれれば喜ぶと思うわ」
「有り難う御座います」
もったいないという私にお父様とお母様はそう言うと優しく笑う。私は嬉しくて自然と口角が上がるのを感じながらお礼を述べた。
「レナ~。おはよう!」
「「レナ。おはよう」」
「三人で抱きついたらレナがつぶれるだろう。放れないか」
イヨさんとケイトさんとケイコさんが抱きついてくる。それにマコトさんが溜息交じりに言うと私から三人を引きはがした。
「イヨお姉様。マコトお兄様。ケイトさん、ケイコさんおはよう御座います」
「ああ、おはよう。すまないな。こいつ等にはちゃんと言い聞かせておいたのだが……やはり意味がなかったようだ」
私の言葉にお兄様が答えると溜息を吐く。
「だって、だって。レナはわたしの妹なのよ。ルナが帰って来てくれたみたいで嬉しいんだもの」
「そうだよ。ボク達のかわいい妹が帰ってきたんだもん。もうずっと離さない~」
「離さない~♪」
お姉様が言うとケイトさんとケイコさんがお兄様の手から逃れて私へと抱きつく。その拍子に少しよろけたところを誰かが支えてくれた。
「レナお嬢様。おはようございます」
「あ、マサヒロさんおはようございます」
背後へと振り返ると私を支えてくれるマサヒロさんの姿があり、笑顔で挨拶してきたので答える。
「さあ、さあ。皆様今日はレナお嬢様が家族になった記念に朝食を豪華に致しましたよ。どうぞ召し上がれ」
「俺も手伝いました。お口に合うと良いのですが……」
サトルさんが大きな声を響かせて部屋へと入って来るとタカヒコさんもにこにこと笑いながら言う。
そうして私は独りぼっちじゃない大切で大好きな家族と食卓を囲み朝食を頂いた。
「それでは、行きますか」
「ええ、今日も頑張りましょうね」
「あまり無理はしないようにな」
私が言うとお母様が頷き、お父様がそう注意する。
「俺達がついているので大丈夫ですよ」
「はい。お嬢様達に危険なことは絶対にさせませんので」
「そうそう。とくにケイトとケイコとイヨお嬢様はどっかにフラフラ行って何かしでかさないように十分お気を付け下さいね」
それにマサヒロさんが答えるとタカヒコさんも力強く頷く。サトルさんがお姉様達を見て話した。
「どうしてわたし達だけ気をつけないといけないのよ」
「そーだよ。ボク達そんなにそそっかしくないよ」
「そーよ。そーよ」
「イヨ、勝手にどこかに行って怪我をしたのはどこの誰だ? ケイト、一人でどこかに行って大木の下敷きになったのはどこの誰だ? そしてケイコ、フラフラどこかに行ってぼく達に迷惑をかけたのはどこの誰だ?」
それに抗議する三人へとお兄様が眉を跳ね上げ強い口調で尋ねる。
「あれはちょっと手を滑らせて落としちゃったから。もうそんなへましないわよ」
「ボクもちょっと木を持ち上げようと思ったら下敷きになっちゃっただけで、次は上手く運べるよ」
「あ、あれはその~。そうそうケイトを追いかけて見失っちゃったから」
言いわけをする三人へとお兄様が溜息を吐く。
「まぁ、あまり側から離れないようにしてくれれば俺達で探しますので」
「そうですよ。イヨお嬢様方が好奇心に負けてどこかにフラフラ行っちゃうのはいつもの事ですし」
マサヒロさんが苦笑してなだめるとタカヒコさんも話す。
「だけど、あまり俺達の側から離れないように。もう二度と大事な家族を失いたくはないからな……」
「そんなの皆気持ちは同じよ。だから大丈夫」
カイトさんの言葉にこの場が一瞬暗くなるがすぐにお姉様が答えた。
「なら、あまり私達に心配かけるようなことは慎んで頂戴ね」
「「「はーい」」」
その言葉にお母様がそう言うとお姉様とケイトさんとケイコさんは同時に返事をする。
そして私達は帝都を造り直しているアオイちゃん達の下へと向かった。
「アオイちゃん」
「レナ。来てくれてありがとう」
私が駆け寄っていくとアオイちゃんが笑顔で振り返り私の手を握りお礼を言う。
「ほら、これ持って。レナはアオイと一緒に縫物だ」
「はい」
ユキ君が裁縫道具だと思われるものを差し出してきたので私はそれを受け取る。
「で、男衆は俺達と一緒に建物の設計です」
「お任せください」
ハヤトさんの言葉にマサヒロさんが代表して返事をした。
「イヨちゃんとサキさんとケイト君とケイコちゃんは皆の昼食作りを手伝ってね」
「分かったわ」
アゲハさんの言葉にお母様が答える。
私達はそれぞれの場所に分かれて瑠璃王国再建のために一日中働き、日がくれたら家へと帰り休みまた朝が来たら働くを繰り返した。
こんなにくたくたになるまで働いた事なんかなかったけど、でも家族やアオイちゃん達と一緒に何かをやるのはとても楽しくて私はとても幸せで満たされた気持ちを久々に味わう。
それから数日後私達は瑠璃王国再建をちょっと休んで皆で気分転換にとピクニックへと出かけていた。
「私皆さんといられて今はとても幸せです」
「そんなの私だって同じよ。レナや皆と一緒にいられてとても幸せ」
「レナは俺の親友と呼べる数少ない人の一人だからな。嫌だって言ってもこれからも仲良くしてもらうからそのつもりで」
隠れ里のあの丘の上に座りすっかり稲穂が垂れ下がっている田園風景を眺めて私が言うとアオイちゃんも笑顔で答える。ユキ君も照れた様子で頬を赤らめながら話す。
「俺も仲間に入れてもらえると嬉しいですね」
「おれもレナの事はとても信頼のおける人物だと思っている。君がこの国で幸せに暮らせるように、おれも力を貸そう」
「僕もレナ殿と友達になれて嬉しいです。その……貴女に怪我を治してもらった時に誓ったんです。僕は姫様とレナ殿をずっとお守りし通すと。ですからこれからも側にいさせて頂けるならこれほど幸せな事は御座いません」
ハヤトさんが微笑み言うとキリトさんが元の世界へと帰れるように協力すると言った時と同じように柔らかく笑い話す。イカリ君も笑顔で語った。
「おれもレナさんには感謝してもしきれませんよ。貴女のおかげで今おれはここにこうして笑っていられるのですから」
「オレもさ、こうしてどこかにずっといたいって思えたのは初めてなんだ。だからさこれからも姫さんとレナちゃんがどんな愉快な事をしてくれるのか楽しみにしてるぜ」
「アオイちゃんとレナちゃんとお友達になれてお姉さんも幸せよ。これからも仲良くしてくれると嬉しいわ」
トウヤさんが感謝しているよと言いたげに言うとキイチさんがにやりと笑い話す。アゲハさんも優しく微笑んだ。
「ぼくもレナがルナじゃないって知ってちょっとだけ悲しかったけど、でもルナはルナ。レナはレナだ。だからさ、レナと出会えてよかったって今はそう思えるんだ。レナはぼぅっとしててひ弱で何だか誰かが側にいてあげないと危なっかしいからね。仕方ないからぼくが友達として側にいてあげるよ。ねえ、アオイ。ぼくすっごくいい子でしょ。だからさ、そんな優男よりもずっといい男だと思うんだけど」
「アレクシル。未練がましい男は嫌われるって知らぬのか」
「ち、父上……」
アレク君が私に言うと続けてアオイちゃんへと話しかける。その言葉にルシフェルさんが諭すように言う。彼がショックを受けた感じて沈み込んだ。
「えっと。とにかくレナお姉ちゃんのおかげでボク達戦い合わなくてすんだんだもん。お姉ちゃんのためならボク何でもするよ」
「アイクはもう少し考えて物を言いなさい。後で痛い目にあっても知りませんよ。……おほん。レナさんは私の心を動かしてしまうお方ですからね。こんな気持ちを抱かせたのはルシフェル様以来です。私の力が必要な時は是非頼って頂けると有り難いですね」
アイクさんが話題を戻すとにこりと笑った。そんな彼の言葉にシェシルさんが溜息交じりに注意すると私へと視線を向けて困ったような顔で話す。
「あのシェシルが……」
「照れている」
「何か言いましたか?」
困っているように見えたのはどうやら照れ隠しだったようでジャスティスさんとシエルさんが呟きを零した。それは本人の耳にもちゃんと届いていたようで苛立った顔で二人を睨み付ける。
「いや。何でもない。レナ、君はあの時オレに言ったよな。怪我を治した借りを返したいと思って言っているのならそのことは気にするなと。だが、これからはその借りを返してもいいだろう。オレは君の助けになりたい」
「わたしも君のおかげで道を誤らなくて済んだ。だからその借りを返したい。これからでもそれは遅くはないよな」
それに苦笑をするとジャスティスさんが私へと顔を向けて真面目な表情で語った。シエルさんも感謝しているといった感じで言うと微笑む。
「俺達は最愛の人を失くしレナは大切な家族を亡くした。お互い大切な人を失くした者同士がこうして一つの家族となれたこと。それはとても幸せな事だと思う。そして俺は君を頼むと言われた日にレナを必ず幸せにすると誓った」
「それはいつのまにか私達家族の幸せと私達の生きる力に変わっていたの。だからねレナ。貴女が私達の娘になってくれてよかった。有り難う」
お父様が微笑み語るとお母様も私の手を握り感謝していると話す。
「ぼくも再び妹ができて嬉しい。ルナを幸せにできなかった。そしてレナの家族は君を幸せにしてあげられないと思っていた。そんな二つの家族の想いをレナは繋げてくれて、そしてぼく達みんなに幸せを分けてくれたんだ」
「わたしね。レナの事大好きよ。だからわたし達本当の姉妹になれるわよね」
「勿論です」
お兄様が笑顔で言うとお姉様が私に抱きつき話す。それに自然と緩む口角をそのままに穏やかな気持ちで答えた。
「ボクも混ぜてよ。レナ。ボクの大事な妹になってくれてありがとう。大好きだよ」
「ワタシも、ワタシもレナの事大大大だーい好きなんだからね。貴女もワタシ達も皆で幸せになろうね」
するとケイトさんとケイコさんも私に抱きつき笑顔でそう言う。私は三人の重さに少し体が沈み込んだが何とか留まる。
「俺達も混ぜて頂けると嬉しいですね。ですがこのままではお嬢様が苦しそうですのでそろそろ放れてあげて下さいね」
「俺達もレナお嬢様と出会えてよかったって思っています。これからもどうぞよろしくお願い致します」
マサヒロさんがお姉様達を私から放すとそう言って微笑む。そこにタカヒコさんが笑顔で語った。
「お嬢様が11年間抱えていた孤独と悲しみ。そしてオレ達がずっと抱えていた喪失感と後悔。それを埋めることはできますよね。いや、それを感じていたこと自体忘れるくらいの幸せで満たしていこう」
「はい!」
サトルさんの言葉に私は嬉しくて大きな声で返事をする。お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん。仁さん、雪彦さん。聡久さん。私は今とっても幸せです。そしてルナさん。貴女もきっと今は幸せですよね。
「!」
そう思い空を見上げた時お父さん達とルナちゃんが空の上から微笑んでいる姿が見えた気がして私も暖かい思いに自然と頬が緩むのを感じながら青空を見詰める。
私達は今とても幸せだよ。そしてきっとそれはこれからもずっと……。
終