ライゼン通りのお針子さん~新米店長奮闘記~6
「ここにリボンをつけて、それで胸のあたりにはレースとギャザーをいれて……腰のコルセットで締めてスカートはふんわりとするよう余裕を持たせて……うん、できた」
夕日が差し込む作業部屋でアイリスは仕立て終えた服を見詰めて笑顔になる。
「お疲れ様。うん、とっても素敵な服が出来上がったね」
「お嬢様はとても可愛らしい方だったけど、でもただ可愛いだけじゃないと思って。確り者って感じの雰囲気も漂っていたのでこの服ならきっと似合うんじゃないかと思います」
紅茶とクッキーの入ったお皿を作業台の上へと置き労うイクトへと彼女も笑顔で答えた。
「俺もそう思うよ。お嬢様はセイシル家のご長女であらせられるからか、幼いころから色々な教育を受けてお育ちになられたんだ。だからきっとただ可愛いだけじゃないんだと思う。だがお嬢様はご自分でそれをご理解していないのか、見た目ばかりを気にして派手でお洒落な服ばかりを選ぶ傾向があった。だから俺がお嬢様に似合う服を今まで仕立ててきたたんだ」
「そうだったんですね。だから今日着て見えた服はお嬢様に良く似合っていたんですね」
彼の言葉に今朝見た女の子の姿を思い浮かべながらアイリスは呟く。
「うん。だけど俺が作る服はお嬢様の可愛らしさを際立たせはするが、お嬢様らしさと言うものが全く出せていないんだ」
「そうでしょうか?」
思ってもいなかった言葉が返ってきて驚いて目を瞬いた。
「お嬢様にふさわしい服をまだ仕立ててあげられていない……そう思っている」
「イクトさん……」
自分の仕事を謙遜するイクトへと彼女はなんて言葉をかければよいのか迷う。
「だけどきっとアイリスが作ったこの服ならお嬢様が本来持っているお嬢様らしさを自然と際立たせる事ができると俺は思っているよ」
「そんな私なんてまだまだ……私の作った服とイクトさんが作った服とを比べるなんて」
笑顔で言われた言葉にアイリスは恐れ多いと言った感じで慌てて手を振って答える。
「アイリス。君は俺が見てきたどの職人よりもお客様のためを思い、お客様だけのオリジナルの服を仕立てる事ができるそんなお針子さんだと俺は思っているよ」
「イクトさん……」
イクトの期待に自分はちゃんと答えているのだろうかと不安を覚える。そして彼が自分のことをそんなふうに見てくれていたのだと知れて嬉しくも思った。
「大丈夫。君は自分の仕事に誇りを持つべきだ。君が自信がなさそうな顔をしていたらお客様だって不安になるよ。だから、ね」
「はい」
微笑み諭すように言われた言葉にアイリスは小さく頷いた。
そして翌日。約束通り開店と共に女の子がお店へとやって来る。
「出ていく覚悟はできていて」
「……アイリス」
きつい口調で言われた言葉にイクトがアイリスを見やった。
「お嬢様。まずは私の仕立てた服を着てみて下さい。それからご判断を」
「まあ、いいですわ。さあ、あなたが仕立てたっていう服を持ってきて頂戴」
彼の言葉に頷くと彼女は緊張でこわばる身体をごまかすかのように話す。
女の子の言葉に棚からドレスを取り出すとお客の前へと持ってくる。
「こちらです」
「……まあ、地味な色です事。こんな地味な色の服をわたくしに着ろっておっしゃるの」
服の色を見た途端不機嫌そうな顔をすると着るまでもないといわんばかりにつっぱねた。
「お嬢様、服を試着してから決めてはもらえませんか」
「イクト様がそうおっしゃるならしかたありませんわね」
イクトに促されしかたなく試着室へと入っていく。
「どう、でしょうか」
「……」
試着室に入ったまま出てこない女の子へとアイリスが声をかけるがそれに返事はなかった。
「お嬢様?」
「これ……本当にあなたが仕立てたんですの?」
返事がないことを不思議に思いイクトが声をかけると、試着室から出てきた女の子が興奮した感情を抑えるような口調でそう問いかける。
「はい。お嬢様に似合う服をイメージしながら作りました。……どう、でしょうか」
「その……こんな地味な色わたくしには似合わないって思ってましたけれど、着てみたらわたくしの肌や髪の美しさがより美しく見えて、それにお洋服もとても可愛くて、でもそれだけじゃなくセイシル家の長女であるにふさわしい風格もかもし出していますわ。それにこの服の風合い気に入りましてよ」
不安と緊張で動悸が早まる中アイリスは尋ねる。それに照れた顔で笑顔を浮かべた女の子が答えた。
「!……気にいって頂けて良かった」
「実はわたくしあなたがこの店で働くって事が気に入らなかったの。だってイクト様とずっと二人きりでお店にいるんだって考えたら嫉妬してしまって。でもこんなに素敵なお洋服を作れるんですもの、あなたがこのお店で働くことをわたくしは歓迎いたしますわ」
「お嬢様……」
お客の笑顔に安堵する彼女へと女の子がようやく穏やかな口調になってそう話す。その言葉にアイリスは嬉しくて涙ぐむ。
「それに初めて会った時はわたくしより可愛いって思ってましたけど、針で手を怪我するほどのドジな方にわたくしが負けているはずありませんものね」
「へ?」
お客の言葉に彼女は驚いて自分の手を見やる。店を追い出されるかもしれないという無理難題な注文をこなすために頑張っていて気付かなかったのだが彼女の手は針で刺した後がいたる所にあった。
「気付いていらっしゃらなかったの?あなたの手怪我だらけですことよ」
「ほんとだ。血も出ている。ばんそうこうを持ってくるからちょっと待ってて」
不思議そうに話す女の子の言葉にイクトもアイリスの手を見て奥から救急箱を持ってくると告げて駆けて行った。
「まったくあなたってドジなんですのね。せいぜいイクト様の足を引っ張らないようお気をつけあそばせ」
「は、はい……」
呆れる女の子へと彼女は苦笑するしかなくて空笑いで返す。
「その……まだわたくしの名前を教えていなかったわね。わたくしはマーガレット・セイシル。名前で呼ぶことを許して差し上げますわ。それからこれからもあなたがイクト様の足を引っ張っていないかどうか見るために時々様子を見に来ますからね。そのおつもりで」
「はい。マーガレット様。これからもごひいきによろしくお願いします」
照れた顔を明後日の方向へと向けて話すマーガレットにアイリスは嬉しくて笑顔で答えた。
「ふ、ふん。せいぜいわたくしが失望しない様頑張ることね」
「はい」
その笑顔から逃げる様に顔をそらしたまま言う。そんなお客へと彼女はおかしくて小さく笑いながら返事をする。
お嬢様の無理難題な注文を無事に終える事ができこのお店で働けることに安堵しながら、また新しいお客様と知り合いになれてアイリスは嬉しさを覚えたのだった。
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