ライゼン通りのお針子さん~新米店長奮闘記~5
第二章 お嬢様ご来店
マルセンが来た翌日。アイリスにとって忘れられない出会いとなるお客が訪れる。
「イクト様~。またわたくしのお洋服を仕立ててもらいたいのですけれどお願いできますか?」
「いらっしゃいませ。仕立て屋アイリスへようこそ」
扉が開かれると上機嫌な様子の女の子が笑顔で店内へと入ってきた。アイリスは慌てて店の奥から出てくるとお客を出迎える。
「っ!?」
(可愛い女の子だな。服装からしてお金持ちの子かしら)
彼女の姿を見た途端女の子は驚いて目を見開く。そんなお客様を見ながらアイリスも心で思ったことを呟いた。
「あなた誰ですの」
「は、はじめまして。私はこのお店の店長を務めさせて頂いてますアイリスです」
先ほどまでの驚いた顔を一瞬で消すと睨み付けてくる少女へと彼女は慌てて自己紹介する。
「あなたが店長ですって?それじゃあイクト様はどうなったのよ」
「おや、お嬢様いらっしゃい。今日はどのような御用かな」
アイリスの言葉に慌てた様子で食いついてくるお客へと、イクトが店の奥から出てくると柔和な笑みを浮かべて言う。
「イクト様。この人が店長ってどういうことですの?」
「こ、これには理由がありまして実は――」
不機嫌になるお客へと向けてアイリスは事情を説明する。
「つまりあなたが一年間このお店で店長を務めれるかどうか、ってことを見るために仮契約して店長として働いているということですのね」
「そ、そうです」
理由を聞いて理解はしてもらえたようだが女の子の顔はいまだ不機嫌そうなまま。アイリスは何か怒らせるようなことをしたのだろうかと思いながらお客を見やった。
「……そんなことわたくしは認めませんわ。このお店の店長であるべき方はイクト様だけよ。仕立て屋なんて他にも幾らでもあるでしょ。あなたはさっさとこのお店を出て他の仕立て屋で働けばいいわ」
「お嬢様。このお店で働かせるかどうかを決めるのは俺の勝手です。ですからお嬢様はこのお店のやり方に口出しするのはよろしくありませんよ」
鋭い口調で言われた言葉にアイリスが驚いていると普段穏やかなイクトも少しきつい言い方で諭すように話す。
「イクト様はご自分のお店を他の人に取られてもよろしいんですの?イクト様はこの街になくてはならない仕立て屋の店主です。それなのにこんなお針子見習いの子を店主にして大事なお店を取られてもいいんですの」
「お嬢様。なにか勘違いなさっていらっしゃるようですが、俺は先代がやってきたこのお店を守りたくて受け継いだだけにすぎません。ですから俺の他にこの店を好きになり働きたいと思ってくれる人がいるのはとても嬉しいことなんです。俺はアイリスにゆくゆくはこのお店を任せたいと思っている。分かって頂けますね」
女の子の言葉に彼が説明するように話すと有無を言わせない口調でそう尋ねるように言う。
「分かりました。これ以上お話ししていても仕方がありませんわ。あなたにわたくしのお洋服を仕立ててもらいます。その代わり明日までに仕上げられなかったり、わたくしが満足できなかった場合、あなたはこのお店から出ていってもらいますわ」
「お嬢様」
お客の無理難題な注文にイクトが注意する様に声をかけるが女の子は頑として譲りそうにない。
「……分かりました。私お嬢様のお洋服を仕立ててみます」
「じぁあ、頼んだわよ。明日の朝取りに来るから。もしできなかったりしたらその時は約束通りこのお店から出ていてもらいますからね」
これ以上イクトと女の子の間に嫌な空気が流れないようにとアイリスはお客の注文に了承する。女の子は少しだけ満足そうに言うと店から出ていった。
「……」
「アイリス大丈夫?本当はお嬢様はあんなに誰かを傷つけるような事を言うような子じゃないんだ。だけど今日のお嬢様は一体どうしてあんなことを……」
少し放心状態の彼女へと彼が優しく声をかける。
「イクトさんが経営するこのお店の事が好きなんだと思います。だから私がこのお店の店長をしていることが気に入らなかったんだと思います」
「アイリス……」
その声に反応し笑顔で答えるアイリスだったがイクトは何とも言えない気持ちで彼女を見た。
「大丈夫です。私やれるだけのことはやってみます。でも、もしお嬢様の納得のいく品を作れなかったらその時は……」
「……俺も手伝うよ。お嬢様の服の型ならあるし、それを使ってアイリスが思う服を仕立ててみるといい」
「はい」
心配してくれているのが伝わりアイリスは精いっぱいの笑顔で話すが途中で言葉を失う。泣き出しそうな顔の彼女を見てイクトが優しく声をかけ励ます。
アイリスは返事をすると無理難題な注文に挑むため作業部屋へと向かった。
「イクトさんお嬢様はどんな服が好みですか?」
「可愛い服が好きみたいだよ。だけどそこはアイリスが見たお嬢様に似合う服を作ってあげればいいと思う」
「私が見た……お嬢様に似合う服」
イクトの言葉に彼女は考え込むと頭の中にお嬢様の姿を思い出す様にイメージする。
(お嬢様はとても可愛らしい方だった。でも……それだったらきっと……)
「何か名案が浮かんだようだね」
笑顔になったアイリスの様子に彼が声をかけた。
「はい。早速生地を選んで作ってみます」
「うん」
彼女は返事をすると沢山ある素材の中から思い描く服に使う生地を探し始める。
「あった。アルホンドルの絹布に金のバフォールの糸」
「……」
目当ての素材を見つけるとアイリスはさっそく型紙を布に当て印をつけると裁断を開始した。そんな一生懸命頑張る姿を優しい目で見つめながらイクトは部屋から出ていく。