番外編 本編前 災厄の始まり
※こちらのお話には人が死ぬシーンと暴言が含まれてます。苦手な方はご注意を※
大きな大陸のちょうど中間にある王国ミラベルの帝王ルシフェルは海の向こうの国と呼ぶ倭国へと向けて船の上にいた。
未知の国瑠璃王国の国王と交易をするために何年もの間交流を深めてようやく倭国へと招待を受けたのである。
書状には王族以外にも貴族階級の者達や商人も連れてきて良いと書いてあり、息子アレクシルを含め交易交渉にたけた人々を連れての他国訪問となった。
「いよいよ海の向こうの国との交渉ができる。これが上手くいけば我が国もさらに飛躍するであろう」
「それだけではありません。使者として送ったトウヤからの手紙によれば海の向こうの国の文化はとても興味深いものです。それを取り入れるのも宜しいかと思われますよ」
上機嫌なルシフェルへと彼に仕える側近のうちの一人シェシルが微笑み話す。
「うむ、瑠璃王国にないものをこちらが見せれば相手も交渉の話に乗ってくれるであろう」
「そうですね。交渉にはやはりカイト殿が適役かと思われます」
帝王がそれに大きく頷くと彼がそれならばと説明する。
「我もあの者ならばうまく話を伝えてくれるだろうと期待している。なにしろ勉強熱心で瑠璃王国の言葉まで熟知しているのだからな。交渉相手としてカイトよりうまく話せる者はおらぬだろう」
ルシフェルも同意すると目を細めて語った。そうこうしているうちに瑠璃王国の王と会う約束の地の港が見えてくる。
船を港に着けると早速ルシフェルは連れてきた貴族や商人たちを連れて宴会場へと向かう。その頃退屈を持て余しているのは一人息子のアレクシルだった。
「父上達ってば難しい話ばかりしていてつまんないや。そうだ、この近くを探検してみよう」
彼は思いたつと早速宴会場を抜け出して外に行くと近くの浜辺を歩く。
「あ、あんなところに森が……面白そう。中に入ろう」
「あっ。王子様そっちへ行ってはいけません……行っちゃった。お父様、お母様」
アレクシルは近くの海岸をぶらぶらと歩くとうすぼんやりと見える森を見つけてそっちへと駆けて行く。その背へ向けて少女が声をかけたが気付くことなく一人でどんどんと遠くへと行ってしまう王子の様子に彼女は両親の下へと駆け寄る。
「お父様、お母様。王子様が森の中に一人で入っていってしまったんです。あそこはとても危ないの。だから早く王子様を連れ戻さないと」
「ルナ、今だいじな話をしているんだ。少し待っていてくれないかな」
「ルナ。王子様もそんなに遠くまではいかないと思うから心配しなくても大丈夫よ」
父親と母親の側まで駆け寄ってきた少女の言葉に両親は特に気にした様子もなく、それよりも目の前の交渉に気をとられていて彼女の話しをまるで聞いてはもらえなかった。
「……」
「ルナ……」
「お兄様。大丈夫よ。ルナはしっかりしてる子だから、王子様と一緒に森を探検したら帰って来るわよ」
その様子にルナは悲しそうな顔をしたがすぐに踵を返し森の方角へと走っていく。それを止める様に彼女の兄マコトが声をかけ後を追いかけようとしたが、妹のイヨにそう言われそれもそうだなと思いこの場に残った。
「そうだよ。ねえ、ボク達も退屈だからどこかに遊びに行こうよ~」
「いいね、いいね。遊びに行きましょう」
からくり人形の男の子ケイトがそう言うと同じく妹分のケイコも賛成して近くの砂浜へと駆けて行った。まさかこれが生きているルナの姿を見る最後になるとは知らずに……。
その頃森の中へと一人で入り込んだアレクシルは自分の故郷の森には生えていない植物ばかりに興奮してあっちこっち探索していた。
「すごいや。こんなクルクル巻いた草なんかぼくの故郷にはないや」
「王子様! はぁ……はぁ……やっと追いつきました。すぐにみんなの所へ戻りましょう」
瞳を輝かせてゼンマイを見詰める彼の下へと追いかけてきたルナが肩で息をしながら戻るようにと声をかける。
「やだよ。こんな面白い植物がたくさんあるのに、この森の中には見た事ない物ばかりで楽しい。だからもっといろいろと調べてみるんだ」
「だめなんです。この先へ行ってはいけません。危険です」
彼女の言葉にアレクシルは唇を尖らせると駄々をこねた。その様子にルナは困った顔で説明する。
「危険なんかあるもんか。こんな平和そうに鳥の声や虫の声が聞こえるのに何が危険なのさ。それとも勝手にぶらぶらしていることを怒られるから早く戻れって君は言うの? それなら心配ご無用。叱られないようにいろいろと考えてあるからさ」
「あ、王子様……」
彼は言うとさらに奥へと向けて一人で歩いていってしまう。彼女はその背を慌てて追いかける。
「ついてこないでよ。君がいると探検がつまらなくなる」
「でも、本当にこの先へは入ってはいけないんです……」
ついてくるルナの様子をうっとうしそうに睨みやる彼へと彼女は一生懸命止めようと試みた。
「うるさいな。ぼくの勝手だろう。王子であるぼくが行くって決めたんだ。君は黙って従えばいいんだよ」
「でも……」
それに苛立ったアレクシルがそう言い放つとルナは悲しそうな顔で彼を見詰める。はっきりと何がどう危険なのかを彼女も分かってはいないのでどう話せばわかってもらえるのかと幼いながらにも頭を捻らせ考えを巡らせた。
「何だこの石変なの……ん? あっちにも、こっちにもある。こんなの邪魔だしどかしちゃえ」
「あ、だ、だめです。それを動かしちゃいけません」
その時前方に五芒星の形に並ぶ大きな石が転がっていて彼は邪魔だとそれをどかそうと手に取る。それに気づいたルナが慌てて止めようと声をかけるも時すでに遅く、アレクシルはすでにそれをすべて動かしてしまっていた。
その時、五芒星の中央にある祠からどす黒い霧が立ち込め始め、あたりには黒と赤が入り混じった稲光が現れる。
「!?」
「王子様!」
そのあまりにもおぞましい光景に彼は何が起こっているのかも理解できぬままその場に棒立ち状態になった。ルナはそんな彼の腕を掴み五芒星の外へと押し出す。
「「王子様……!?」」
そこにアレクシルを探していた帝王の側近のうちの二人。隊長のシエルと彼の補佐をするジャスティスがこの場に駆け着ける。しかし異様な光景に二人は驚く。
「き、君も早くこっちに」
「私は大丈夫だから。王子様を連れていって下さい。そしてできるだけ早くこの地を早く離れる様に。でないと皆さんが危ないから」
シエルが我に返った様子で王子を抱きかかえるとルナへと向けて手を差し伸べた。しかし彼女は困ったような悲しそうな何とも言えない複雑な表情で微笑むとそう言って早く行ってといわんばかりに小さな手で彼等の足を押し出す。
「っ。君も一緒に逃げるんだ。じゃなきゃぼくは帰らない」
「王子様。私は本当に大丈夫です。きっとこの人は悪い人じゃありません。話をすればきっと分かってもらえます。ですから私がここでお話ししてみます。お父様とお母様に教わって交渉は得意なんです。ですが、他に人がいたら興奮してちゃんと話を聞いてくれないかもしれません。だから早くここから離れて下さい」
この場から離れようとしないルナへとアレクシルが声をかける。しかし彼女は首を振って微笑む。
「……すまない」
「後で必ず助けに来るから、それまで持ちこたえるんだぞ」
「ま、待てよ。ぼくは認めない。王子の命令だ。あの子も一緒に連れていく。連れていかないならぼくはここに残るからな。放せよ。降ろせよ」
それにシエルとジャスティスは彼女の意をくみとりそしてこの後に起こることを察して踵を返し走り出す。
それに驚きと衝撃を受けた彼が喚くように言うと手足を左右に動かし降りようともがく。しかしシエルに確りと抱きかかえられているため幼い彼の力ではどんなに抗っても抜け出すことは叶わなかった。
「王子様……許してください。そのご命令には従えません。王子様の御身をお守りすることが第一優先です」
「それじゃああの子を残して本当にここから離れるのか? あんな邪悪な稲光見た事ない。あれは危険な存在かもしれないんだぞ。それなのに女の子一人置いて僕だけ逃げろって言うの」
ジャスティスが何とも言えない表情で静かに答える。それに彼が怒りに身を震わせながら叫んだ。
「……王子様の身を守るのがわたし達の務め。ですからどうかこの場は耐えて下さいませ。王子様を安全な場所へとお届けした後で兵士を連れてここに戻りますので」
「っぅ……」
シエルも分かってくださいと言いたげに答えると走る速度を上げる。アレクシルは何もできない己がふがいなくて少女を一人危険な場所へと置き去りにして逃げるしかない自分自身へと怒りを覚えながら悔しさとルナへ対する申し訳なさで涙を流した。
「……王子様。ごめんなさい。でも貴方達を死なせるわけにはいかないんです。私ができるだけのことをやってみます。っ!?」
「……」
一人残った彼女が悲しげに呟いてアレクシルへと謝罪していると人の気配を感じて反対側の森の中を見やる。
そこにはぼんやりとした様子でこちらへと近づく瑠璃王国の人が着る服をまとった青年の姿があり彼女は慌ててそっちへと駆け寄った。
「だめです。ここに入ってはいけません」
「!?」
少女の声に青年……キリトは驚き目を見開く。まるで今までルナがいる事にも気づいていなかったかのような顔で固まる彼に彼女は小さな手で結界の中に入らないようにと押し出す。
「お兄さん。貴方はここに着てはいけない人です。貴方は生きてそして希望をつないでください」
「君は……何を言って?」
必死に押し出そうとしながら笑顔でそう語った彼女の言葉にキリトは不思議そうな顔で尋ねる。
「今は分からなくてもいいです。ですから、どうか、どうか無事にこの森の外へ……精霊さん。神様お願いです。この人を助けてあげて下さい」
「!?」
ルナが言うと辺りが真っ白い光へと包まれた。それに彼は驚き目を見開くが次の瞬間キリトの姿は跡形もなくその場からいなくなっていて彼女はほっと息を吐き出す。
【ふん。人間の小娘か……貴様では依り代にもならんわ】
「……あなたは神様ですか?」
その時どす黒い霧と稲光が治まったかと思うと目を覚ましたばかりの黒い龍が祠の上に浮かんでいて、ルナはそちらへと振り返ると優しく声をかけた。
【我は人々から邪神と呼ばれ恐れられた。それゆえにこんなところに長いこと封印されていたのよ。だが誰か知らぬが愚かなガキのおかげで結果が壊され封印が解かれた。これで我は自由の身。いままで我をこんなところに閉じ込めた人間どもに復讐してやる】
「そんな悲しいことを言わないでください。人間とだって仲良くできます。ですからどうかそのような悲しいことを言わないでください」
黒い龍が血のような赤い瞳を怪しく光らせて話す言葉に彼女は優しい口調で話す。
【小娘。我にいくら言葉をかけようと無駄な事。人間風情の言葉に耳を貸すとでも思ったか。復讐の手始めにまずは貴様の身を切り刻んでやる】
「きぁあっ!」
しかし邪神と名乗った竜は低い声で言うと彼女の小さな体を黒いかまいたちで無残にも切り裂く。
【忌々しい人間風情が我に話し合いで解決しようとは愚かな。こんなものでは足りぬ。もっと人間どもを苦しめて血の海でこの地を染めてやる。ククククッ】
すでに息絶えたルナの体をまるで物の様に扱い宙に放り投げ地面へとたたきつける。そして黒い稲光となって天へと昇っていった。
その後兵士を引き連れ森の中へとやってきたシエル達だったがなぜか五芒星のあった祠のところまでたどり着けず、そして少女の姿も確認できず仕方なく一度町まで戻る。
それから一週間もの間ルナは行方不明として彼女の家族により探索が続けられた。ルナの無事を確認したくてアレクシルも一緒に必死になって彼女を探すも、森の前で無残にも切り刻まれ冷たくなったルナの死体を発見しそれを見た彼等は言葉を失い暫く呆然とその場に立ちつくしていた。
一方その頃彼女を殺した張本人である邪神はルシフェルの体に入り込み彼を操り、復讐の手始めに瑠璃王国を攻め落として倭国を支配する悪の帝王となったのである。これが災厄の始まりであった。
基本長編か短編の小説を掲載予定です。連続小説の場合ほぼ毎日夜の更新となります。短編の場合は一日一話となります。 連続小説などは毎日投稿していきますが私事情でPC触れない日は更新停止する可能性ありますご了承ください。 基本は見る専門ですので気が向いたら投稿する感じですかね?