ダヴィデ像、オ○ニー中を激写された説
みなさんは「ダヴィデ像が手に持っているものは何か」と訊かれて、答えられるだろうか。
多くの人はすこし考えて「リンゴだろう」と答える。たしかに、古代イスラエル王たるダヴィデと、旧約聖書に禁断の果実として登場するリンゴ、この2つに関係があるという推察は、まあまあの妥当性がある。
多くの学者の答えは「石である」らしい。
かつてイスラエルと戦争をしていたペリシテは、ゴリアテという全長3メートルもの巨人を出陣させた。当時まだ凡庸な少年だったダヴィデは、これに対峙して、投石器を用いゴリアテに攻撃しようとしていたのだ。その鋭い眼光は、標的を的確に捉えている。
ここで疑問が浮かぶ。
「なんで全裸なの?」
誰しもが最初にダヴィデ像を見たときに思う感想であるが、先の論ではこれは解消されない。
装備は支給されたらしく、慣れないからとて断ったとのこと。そうはいっても、さすがに服の1枚くらいは着るべきだ。実際、下の作品では彼はきちんと服を着ている。
つまり、ダヴィデ像はゴリアテとの対峙シーンではなく、別のシーンを写した可能性が高い。
では、なぜ全裸であるのか。
概して人は公共の場では服を着るものだ。対偶をとれば、ダヴィデが立っているのは、プライベートな場、もしくは例外的に服を着なくても良い公共の場だとわかる。おまけに、いくらプライベートな場だからといって、常に全裸だとは考えづらい。ここまで絞れば選択肢が浮かんでくる。
①ダヴィデ、オ○ニー中を激写された説
②ダヴィデ、入浴中説
①について
これが本題である。ダヴィデは全裸オ○ニーをしていた、というものだ。全裸オ○ニーとは、全身の感覚が刺激されてとても気持ちのいいもの。彼のような年頃なら、毎日のようにしていてもおかしくはない。
手に持っているものは精液のつまったシコティッシュである。あんなにツルツルである理由。それは、精液やその臭いが外に漏れ出すのを防ぐため、何枚ものティッシュを重ねたからだ。
彼の表情が険しいのは、賢者モードになっていたから。その目の焦点はどこにもあっていない。きっと自分の情けなさを恥じていたのだろう。ダヴィデにすこし親近感が湧く。
また、ダヴィデのソロモンがシナシナでちっちゃいことも、これで説明できる。抜き終わったのだから当然だ。
②について
この時、彼が持っていたのは何か。風呂にあって、丸いもの。すなわち石鹸だろう。
しかし、いささか妙ではないか?彼はなぜ、あんなに凛々しい顔つきで遠くを見つめていたのか。
風呂で、遠くを見つめている。しかも立ち上がって……
そう、この説において、ダヴィデは女湯を覗いているのだ。
他人に見つかりそうなスリルから彼の表情は険しくなっている。見つかればその後は王ではいられないだろうし、ふつうの覗き魔よりもスリルを感じているのは自明だろう。
石鹸はオ○ニーの潤滑油に使う。いまからダヴィデはソロモンを即位させ、王国領を拡大せんとしているのだ。
…と、形は違えど①と同じところに行きつく。
結論:ダヴィデはオ○ニーをしている
捕捉
なぜ自慰行為像なるものが彫られたのか?
「反体制派が王のイメージを悪くする目的で、意外な事実を暴露するために彫った」という考察がある。これはこれで興味深い。しかし私は、日々全裸オ○ニーや女湯の覗きに勤しむ変態の彼ならではの説を推す。
「そういう性的嗜好だったから。」