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ローマのご機嫌なSIM姉さんとホスト姉さんの働きっぷり

長旅でぐったりと疲れ果てたモニちゃんを見て見ぬふりをして、僕はエスプレッソの空きカップが散乱した汚いカウンターでニコニコ顔でエスプレッソをすすっていた。

僕らは韓国経由でローマ空港に到着し、念願のイタリアの地を踏んだのだが、トランジットで一泊した韓国の食事が口に合わなかったモニちゃんはすっかりご機嫌斜めのようだ。僕は景気良く頼んだドッピオ(2倍の量)のエスプレッソをズビビッと飲み干した。旅の目的地はローマではなくナポリなのだ。チャキチャキと段取りを進めなければならない。

仁川空港で口に合わないおやつをイヤイヤ食べるモニちゃん

まずは海外旅行の必需品であるSIMカードを購入しに行かねば。SIMカード屋の窓口のお姉さんはにこやかに手際よくSIMカードを手配してくれた。SIMを売るなんてルーティンワークだろうに、全てのお客さんに感じよく接していて大したものだなと関心する。

お姉さんは説明の最後に「SIMを挿してから1時間くらいしたらSMSが届くから、それが届けば4G回線が使えるようになるよ」と教えてくれた。ううむ、1時間か、早く次の目的地であるローマのゲストハウスに行きたいのだがこればかりは仕方がない。

空港のベンチに座って1時間半ほど待ったがSMSは届かない。

痺れを切らしてSIMカード屋のお姉さんに「SMSが届かないんだけど?」と言いにいくとSIM姉さんはこれまたニコニコテキパキと「いちどスマホを再起動してみて!」とのこと。

僕らは言われるがままに再起動すると、たちまちSMSが届き、ディスプレイの右上には待ち侘びていた「4G」の文字が!SIM姉さん!ありがとう!やっと僕らの旅が始まるよ。テンションが上がったのもつかの間、考えるほど、あれほど手練れのSIM姉さんはなぜはじめから再起動を推奨してくれなかったのだろうかと不思議に思えた。ここで初めて、「日本の常識が通用しない国にやってきたのだ」と実感した。

電車でゲストハウスに移動している最中、モニちゃんはさっそく4G回線を駆使してせっせとチャットを打っていた。難しい顔をしているので何事かと聞くと、どうやらゲストハウスのホストから「何時にチェックインできるのか」とひっきりなしに確認のチャットが飛んでくるらしい。

チャット対応はモニちゃんにまかせっきり

せっかちなホストだな、大丈夫かな、変な宿じゃないかな、と少々不安になった。ところがいざゲストハウスに着いてみると、ホストのお姉さんは俳優のように綺麗に口角を上げて笑顔をつくって僕らを迎えてくれた。チェックインの案内も丁寧で、部屋も清潔で一安心だ。

僕らはとにかく腹ペコだったので、荷物を部屋に投げ捨ててローマの町に出ることにした。するとゲストハウスのエレベーターで、足早に退勤しようとしているホストのお姉さんと一緒になった。ははん、なるほど、僕らのチェックイン対応が今日の最後の仕事だったようだ。早く帰りたい一心から何度もチャットで到着時間を確認していたんだな。

エレベーターでホスト姉さんは近所でおすすめのローマピッツァのお店を教えてくれて、そのままチャオ、と車に乗り込んで行った。ホスト姉さんは退勤時間を知りたいがためにモニちゃんにしつこくチャットを送っていたので、てっきり用事があってカリカリしているのかと思ったがそうではなかったみたいだ。シンプルに「早く帰れるなら帰る」だけだ。こっちまで機嫌が良くなるような爽やかな人である。

このあたりで僕は気づき始めた。どうやらイタリアと日本では人々の仕事に取り組む意識がけっこう違うようだ。そういえばモニちゃんの本棚から盗み読みした『最後はなぜかうまくいくイタリア人』という本に、「イタリア人は仕事とプライベートを区別しない」といったことが書いてあったな。

その本によるとイタリアの人にとっては、いかに仕事中であっても、それは「人生の時間の一部を仕事に“貸してやってる”」という感覚らしく、日本でよく言われる「お客様は神様」といった価値観はないらしい。

僕は「イタリア人は〜」とか「日本人は〜」といった主語がどデカい表現を見かけると(まあ、話半分くらいに聞いておこう)と身構える。そんな紋切り型に人をカテゴライズできるのなら、日本人とイタリア人から生まれたモニちゃんはどうなるのか。

とはいえイタリアの地を踏んでわずか数時間で本のタイトルになっている『最後はなぜかうまくいくイタリア人』の真意を実感しはじめた。なんだって理屈通りに割り切れるものではないのだ。

脱線してしまったが、見知らぬ地で腹ペコになってしまった僕らにとってホスト姉さんのローマピッツァの情報はありがたかった。しかも念願のピッツァが食べられるなんて!モニちゃんは大阪のレストラン『パポッキオ』でピッツァイオーラ(ピッツァ職人)をしているので、今回の旅はピッツァイオーラとしての見聞を広めるためのピッツァ食べ歩きの旅でもあるのだ。

ホスト姉さんおすすめのピッツェリアは『BONCI(ボンチ)』というモダンな雰囲気のお店で、夕飯時というのもあって店の前まで客が並んでいる盛況ぶりだ。店内をのぞくと3メートル幅ほどのショーケースに積み上げたテトリスのようにびっしりとピッツァが敷き詰められている。

BONCIはモダンで清潔なイマドキっぽい店だった

丸いピッツァではなく四角いパン生地の上に具を置いて焼いているので、ピッツァというより惣菜パンのようだ。ピッツァはあれよ、あれよ、と売れていくので、テトリスの盤面はたちまち歯抜けになっていく、そうかと思えばタイミングよく新作が焼き上がってショーケースに補充される。ピッツァが四角いので本当にテトリスを見ているようだ。

ところで、店の前に客がわんさかいるのだが、店の中には数人しかいない。どうやってピッツァにありつけばいいのかとキョロキョロしてみると、どうやら店頭に置かれた壊れたブリキのおもちゃのようなものから整理券を引きちぎって、番号が呼ばれるまで待つ仕組みのようだ。

僕らはじっと店頭の人混みにまぎれて待っていたが、ふと横を見ると空腹のピークを超えたモニちゃんが、電源の切れたペッパー君のようにうつむいていた。追い討ちをかけるように、すぐ背後から「ガシャン!」と大きな音がして僕らはビクッと体をすくませた。何事かと振り返るとモニちゃんの肩までありそうな巨大な瓶専用のゴミ箱にビール瓶が投げ込まれたようだ。電源の切れたペッパー君はこの音に驚くと次の瞬間、もう泣き出しそうな顔になってしまった。かわいそうに。(ちなみにこの瓶専用ゴミ箱の「ガシャン!」にはイタリア滞在中何度も驚かされることになる)

濃い味付けと容赦な脂っこさでマチガイない美味しさだった

やっと僕らの整理券の番号が呼ばれて、あらかじめ目星をつけておいたじゃがいもとサルシッチャ(ソーセージ)のピッツァ、そしてリコッタとズッキーニのピッツァをゲットした。油分の多さがうかがえるギトギトなビジュアルによだれをたらしそうになりながらかぶりついた。うまい!食べる前からうまいに決まってると思ったがやはりうまい。そして分かった。これは見た目も味も惣菜パンである。新進気鋭の職人が本気で作ったジャンクフード、と表現するのがしっくりくる。いやあ、うまいうまい。腹ペコで待った甲斐があった。

しかしBADに入ってしまったモニちゃんはこの素晴らしいジャンクフードを食べても機嫌を立て直すことができなかったようで、僕らはさっさと食べ終えて宿に戻った。

後日、ローマピッツァのお店『ボンチ』について調べてみると、Netflixの人気ドキュメンタリー番組『シェフのテーブル』で特集されるほどの名店であることがわかった。番組を見てみると「ボンチが現れるまではローマのピッツァはジャンクフードだった」と紹介されていた。僕の「職人が本気で作ったジャンクフード」という感想は半分当たっていたようだが、きっとボンチ氏が聞いたら怒るだろうな。

かくしてイタリア到着初日は、クタクタに疲れたものの無事に1日を終えることができた。SIM姉さんの気ままな接客のおかげで出遅れてしまったが、ホスト姉さんのご機嫌な接客のおかげで名店のローマピッツァにありつけたのだった。

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