家の中のホームレス
2020年11月、渋谷区幡ヶ谷のバス停のベンチで夜を明かそうとしていたホームレスの女性が撲殺された。それを知った多くの女性たちが「彼女は私」と声をあげた。
彼女は家族と共に住んでいたが、仕事を失い、家賃が払えなくなり、家族はバラバラになった。最初はネットカフェなどにいたがお金が底をつき、寝る所もなくなりベンチに座っていた。きっと路上生活にも「慣れて」いなかったのだろう。路上生活を長く続けている人は、自分の身の安全を考え、場所を選んで寝ると聞くが、彼女は、とにかく座って休めるところとしてベンチにいたのだろう。
そんな彼女に暴力を振るい、死にいたらしめる行為が都会の真ん中で起きるということは、女性がいつどこで命を奪われてもおかしくない社会だということだ。コロナ禍で仕事や住む場所を失い、頼るあてがなければ路上生活を余儀なくされることは、いつ誰に起きてもおかしくない。そうなったとき、自分も彼女のように殺されてしまうかもしれないという気持ちになる。だから女性たちは「彼女は私」と声をあげた。
Jikkaに駆け込んでくる女性たち
Jikkaにも、「住むところがない」「居場所がない」という相談が次々と舞い込んでくる。路上生活の場合もあるが、「家にいながらのホームレス」状態になっている女性も少なくない。「それはホームレスとは言わない」と思われるかもしれないが、私は、Jikkaの支援を求めてくる人の多くは、家の中に心の置き場所がないホームレスだと思っている。
「引きこもり」とも言われる存在の女性たちは、居心地がよいから家にいる、ということではない。お金も友達も頼る場所もほかにないからそこにしかいられないのだ。家族から「いない人」のように扱われ、邪魔ものにされ、身の縮む思いでひっそりと隠れている。自分の安全基地であるホームを持たない女性たちは、幼い時に親から虐待を受けた人も少なくない。
2000年に児童虐待防止法ができてからは、子どもへの虐待が問題視されるようになったが、それ以前に虐待を受けてきた子どもたちは救済されず、甘んじて虐待者に養ってもらうしかなかった。日々耐えるしかない中で、心が傷つき、病んで動けない大人になってしまう。そうした境遇で30~40代になった女性たちの多くは、精神疾患になったり、死にたい気持ちを常に抱えて生きている。
安心して住める家を持たないそんな女性たちが、ある日、「人間らしく生きたい」という最後の願いに突き動かされ、思い切って家を飛び出してJikkaにやってくる。
そこからの生活再建は楽ではない。奪われた本来の力を取り戻し、山ほどあるハードルを越えねばならない。私たちはハードルを外したりよけたりしてあげるのではなく、その人が飛び超えられるまで、何度でも一緒にチャレンジする。その人が諦めない限り、何度でも。あるとき、こちらがびっくりするくらい軽く飛び越えていく瞬間がある。そんなふうに、人生の苦楽を共にすることしか私たちにはできないが、新たな安全基地が彼女たちにはなにより必要で、すべてはそこからなのだ。(Jikka 責任者 遠藤良子)
※「Jikkaからのお便り」2022年春号より。
※トップ画像は利用者さんが描いた絵です。
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