#5 危なっかしい計画~始まりの2017年 夏 vol.5
クニラの交換した新しい席のエリアの客層は、偶然なのか、かなり熱狂的なファンが集まっていた。
クニラが元々居た席の客層とは、持っているサイリウムの数が違うし、巻いている推しメンタオルの本数も違う。
皆、本気モードだ。
クニラの席は列の真ん中位で、クニラの席だけポツンと空いている。
既に周りの席の客は準備万端で熱気を帯びていた。
この中を進み、席へと辿り着く。
入場時まで雨が降っていたので、席には水溜まりが出来ている。
どうしたものかと思案していたところ、右隣に座っていた客、高校生か?と思う程の童顔で華奢な若者が声を掛けてきた。
若者「拭きましょうか?」
若者は、自分が巻いていた推しメンタオルを首から外し、クニラの席の水溜まりを拭こうとしてくれている。
【心の師匠】
推しメンタオルと言えども所詮タオルはタオル。
本来の使い方をしてナンボだと思うのだが、今日の会場内で席の水溜まりを推しメンタオルで拭いているヤツをクニラは目撃しなかった。
それは初めてのアイドルライブに来たクニラにとって、かなりカルチャーショックであり、絶対的なルールとして認識された。
推しメンタオルとは、確かに物質的には、ただのタオルだが、精神的にはタオルに非ず、推しメンそのものなのだと言うことを。
そんな大切な推しメンタオルで、見ず知らずの隣の客の席の水溜まりを拭こうとするなんて!
お・も・て・な・し。。。?
そんな素直な心を持ったクニラであるならば、もう少しまともな人生を送って来たであろう。
「こやつの意図は?」
猜疑心の強いクニラはこう考えた。
どうやら、この若者はクニラと同様に独りで来ているようだ。
席の水溜まりを拭くことを機会に、クニラを話し相手にとでもしたいのだろう。
お断りだ!
初ライブだからと言ってなめられたくはない。
な・め・ん・な・よ!と、
心で呟いて、
「大丈夫です」と丁寧に断り、手で適当に席の水溜まりを拭いて座った。
しかしながら、クニラの予想は外れ、ライブが終わるまで、この若者が話し掛けてくる事はなかった。
ただ、クニラにいろいろな事を身をもって教えてくれた。
影アナでメンバーがライブでの注意事項を告げる。
ファンは区切りで「は~い」と返事をする。
恒例の行事。
なるほど、一つ一つの事が新鮮だ。
ファンファーレが鳴り、オープニングアクト。
メンバーのフラッグパフォーマンス。
いよいよ始まった!
そしてovertune!
「オイ!オイ!」の大コールと振りかざされるサイリウム。
クニラはその光景に圧倒され、感動で涙を流していた。
欅共和国2017に行ってから、その後毎回単独ライブに行くようになって気が付いたのだが、坂組のライブは、原則、ライブ中に客同士での横の繋がりを持たない。
一人一人がステージのメンバーと縦のラインを結ぶだけ。
逆にそれが客同士の横の繋がりを作り出してるから、一体感、共有感を生んでいる。
これは素晴らしい事だ。
独りで来る客にとって煩わしくなくて良い。
要はサイリウムの色とかコールであるとか、一切強要されない。
周りに迷惑さえ掛けなければ、各自が好きに楽しめば良いと言うスタイルだ。
ただ、クニラにとっては何せ初ライブ。
勝手が解らない。
解らないならそれはそれで楽しめば良い事なのだが、その楽しみかたすら解らない。
いっそ、隣の若者にクニラが初ライブである事をカミングアウトして、お近づきになり、いろいろと教えて貰えば良かったか。。。
ただ、ライブが始まってみれば、そんな心配は無用だった。
右隣の若者は、クニラと同じく独りで来ているのにも関わらず、ライブが終わるまで、馴れた感じで、声を出し、コールをし、サイリウムを振っていた。
クニラはそれを真似さえすれば良かった。
サイリウムの色や振り方、コールの仕方、アンコールのかけ方、推しメンタオルの掲げかた、MCの時に座るタイミング、
全部、右隣の若者が身をもって教えてくれた。
楽しい。超楽しい。
真似すれば真似する程、楽しさが増す。
これがアイドルのライブなんだ。。。
欅坂のライブなんだ!
気付けばクニラは右隣の若者の事を
心の師匠と呼んでいた。
それは今でも変わらずに思っている。
もし、初めてのライブで彼の横にならなかったら、こんなにアイドルの坂組のライブにハマらなかったかもしれない。
独りで来ても楽しめる坂組ライブのルールや術をこの右隣の心の師匠が教えてくれたんだ。
ありがとう。師匠。
5回に別けて、長々と書いてきたが、この記事はライブ観戦記ではない。
ライブを観たのは昔の事だし、その後にDVDを観ているので、生で感じた記憶が曖昧になってしまっている。
だから書かない。
欅坂のovertuneは世界一であるとか、「世界には愛しかない」でジェットバルーンを飛ばしたとか、メンバーが客席に向けて放水したが全然濡れなかったとか、後半は陽が落ちて会場が緑一色に染まる様は絶景である等、いろいろ書きたい事はあるが、全て省く事とする。
この日「誰よりも高く跳べ」で会場を盛り上げた通称「ひらがなけやき」
クニラが「ひらがな」にハマり、そのまま日向坂46に改名後も熱狂的な「おひさま」となるのは、まだ先の話である。
アンコールの「不協和音」が終わり、間、髪を入れず花火が上がった。
祭りの終焉を告げる花火だが、それは、クニラの「おひさま」人生の始まりを告げる花火でもあった。
おわり。