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『ワイキキごんざえもんの憂鬱』⑩ ウクレレえいじ

第二十五章「乱入!民謡酒場」

青森県青森市。
野宿してる公園は屋根が一応あったが、雨が夜通し降ると、吹き込んで寝袋はぐっしょり濡れてしまう。

初日は少し降っていたが、通り雨だったのか、夜半過ぎには止んだ。

青森駅から徒歩10分くらいの公園だから、見知らぬ珍客が多い。

すずは飯を食ったらすぐ寝袋に潜り込むから、対応するのは全部ごんざえもんだ。

ゲートボール爺様婆様グループ、長渕剛の「とんぼ」を一緒に歌ったハーモニカを持った兄ちゃん、他にもごんざえもんのところへいろんな人がやってきた。

カラスに餌をやるオバサン、仕事を探してるというヨレヨレの着たきりスズメ風の六十絡みのオヤジ…。

つげ義春の漫画に出てきそうなうらぶれた人ばかりだった。

みんな、ごんざえもんの近くまでやって来て話しかけてきた。
いや、話しかけてるようで独り言のようでもあった。
秋も深まり、人間が恋しい季節なのか。

「オレも同じだな。いやもっと下か」

ごんざえもん夫婦が一番悲惨に見えただろう。

冬を前に公園で野宿する貧乏芸人夫婦。

まだ結婚二年目だった。

ごんざえもんは高田渡の「仕事探し」をウクレレで弾き語りした。

ライブ会場も決まったので今日から、すずはライブのチラシ配布、宣伝係。
ごんざえもんはネタ作り。
別々の行動になる。

東京から女性のAD糸柳が合流した。
すずの担当になる。

近田はごんざえもんとネタ収集に出掛ける予定になっていた。

AD近田がどこに行きたいですか?と聞くので
八甲田山に行きたいと言ったら凄く遠いし、もう雪が降ってるかもと言われた。

結局ねぶた資料館へ行った。

若い近田はごんざえもんと笑いのセンスが似ていて、二人は仲が良かった。

近田はわがままなすずが苦手で、ごんざえもんに愚痴をこぼしていた。

「多分、今、糸柳さんと美味しいもの食べてますよ」

ごんざえもんはどうでもよかった。

途中で企画が頓挫することだけ恐れていた。

有名になれば実力で食える。

まだ思い込んでいた。

テレビ嫌いのごんざえもんも別の意味でテレビの力を信じていた。

三厩駅から電話で、複数の仕事をキャンセルした時。

「凄いですね!『全力ボーイ』ですか!こっちは大丈夫です!ごんざえもんさん、チャンスですね!身体に気をつけて頑張ってください!」

てっきり怒られると思っていた、元相撲取りの異色の実力派落語家、両国亭肉武蔵師匠まで応援してくれたのだ。

肉武蔵師匠は体重は258キロあるらしく、アパートのドアに挟まって、レスキュー隊に呼ばれたことが14回ある人だった。

「このねぶたの神輿を担ぎましょう!」

近田とごんざえもんは資料館ではっちゃけていた。

「♪ラッセーラー!ラッセーラー!」

ごんざえもんは叫びながらひとりで、体験用のねぶたの神輿を引いていた。

「ごんさん、おもしろいですよ!絶対売れますよ!」

近田は叫んだ。

夕方、資料館から公園へ戻る途中、近田が言った。

「ごんさん、民謡酒場ですって!」

「あ、ほんとだ。やっぱり青森なんだねえ」

ごんざえもんは答えた。

「武者修行行きませんか?」

近田が言った。

「武者修行?」

ごんは、週末のライブでウクレレで津軽じょんがら節を弾こうと毎晩公園で練習していた。

もちろん我流だ。

「ネタ(テレビ用の)にもなりますし」

ごんざえもんは今まで飛び込みでお店で、流しみたいなことをやったことなどなかった。

しかし、やるしかない。
これは『全力ボーイ』のテレビ企画なのだから。

「いらっしゃいませ~」

着物を着た若い女性店員さんが出迎えた。

店内は古風な黒塗りの座敷で、たくさんのお客さんで賑わっていた。

奥に小さなステージがあった。

ごんざえもんは尋ねた。

「こんばんは、あの客じゃないのですが。わたくしワイキキごんざえもんという芸人でして。こちらで飛び込みで演奏させていただきたいと思いまして…」

「はあ?芸人さん?飛び込みで演奏?少々お待ちくださいね。女将さん呼んできますので…」

五分後。

「お待たせ致しました。私が女将ですが」

美空ひばりみたいな高級な着物姿の威厳のある女将さんがやってきた。

ごんざえもんは怯《ひる》んだ。


第二十六章「じょっぱり仁義」

民謡酒場の女将さんは迫力があった。

人間を一発で見抜く洞察力を備えた、人生をしぶとく生き抜いてきた津軽の女。

ごんざえもんの一番苦手な種族だった。

「あの…、飛び入りで演奏させてもらえませんでしょうか?週末にライブをやることになってまして。青森のお客さんにウケるのか試してみたいんです!もちろんギャラは要りません!」

「なるほどねえ。でもうちは民謡酒場ですからねえ。楽器は何?バイオリン?」

ごんざえもんの手に持っているウクレレケースを見て女将は尋ねた。

「いや、バイオリンじゃなくて、その…、ウクレレなんです」

「えっ?ウクレレ?!」

当時、ウクレレはオモチャのような扱いを受けていた。

ごんざえもんの持っているウクレレはハワイ製のコアロハというブランドのしっかりしたウクレレだった。

ごんざえもんは女将にウクレレを見せた。

「へえ~凄い。ウクレレもちゃんとした楽器なのねえ」

女将は楽器を見て感心した。

「5分、いや3分でもいいんです!どうかよろしくお願いいたします!」

ごんざえもんは深く頭を下げた。

「…」

テレビ側は3分あれば充分だろう。

女将は少し考えていたが。

「わかりました。そこまで言うなら10分だけ。お客さんは民謡を、つまり津軽三味線を聴きに来てるから厳しいと思うけど。けっぱりなさい」

女将は諭すように言った。

ごんはお店の中に入って行った。

土間のような狭い場所に客は十五、六人か。
みんながやがやそれぞれ飲みながら話していた。
中年のオヤジばかりだった。

ごんはウクレレを持ってステージに立った。

AD近田が後方でカメラを回している。

マイクはなかった。

津軽三味線の演奏も生音でやっているのだろう。

ごんざえもんは飛び入りでやるのは初めてだった。

ごんざえもんは喋り始めた。

「ええ、お邪魔いたします。東京からやって参りましたワイキキごんざえもんと申します。今から飛び入りでライブをやらせていただきます」

しかし、店内はザワザワしたままだった。

前方の客しか話を聞いてくれなかった。

ごんざえもんは持ちネタの「滞納ブルース」を歌った。

が全く反応なし。

「ヒマソング」も空振り。

ごんざえもんは酒場でウケるネタが一つもなかった。

前方の客たちももう見ていなかった。

ざわざわ。

「それでは最後に『ウクレレじょんがら節』聴いてください!」

まだ練習中の曲だった。

やけくそだった。

しかし客が全員、ごんざえもんを見た。

やはり民謡酒場なのだった。

ごんざえもんはウクレレで即興で「津軽じょんがら節」らしき曲を激しく演奏した。

爪が割れ、指から血が噴き出した。

さっきまでのウクレレのユルいコミックソングとのギャップが、幸いしたのか。

奇跡が起こった。
満場拍手喝采。

「どうもお邪魔いたしました!」

舞台を降りると、女将が走って飛んできた。

「あんた、凄くよかったわよ!最後の曲凄いじゃない!あんなにお客さんに拍手もらうなんて!」

ごんざえもんは少し放心状態だった。

「はい、お疲れ様」

女将はごんざえもんに祝儀袋をサッと渡した。

「え?」

この番組の企画ルールで、差し入れや御祝儀、投げ銭等を貰うことは禁じられていた。

本当は祝儀を貰って、すずにお酒や煙草、温かい夕ご飯を食べさせてあげたかったが、AD近田はカメラを構えたままクビを横に振った。

受け取っちゃ駄目です、という指示だ。

しかも、女将に番組のルールは話しちゃいけないのだ。
断るのも言葉を選び頭を使うのでめちゃくちゃ疲れる。

この番組の売りはドキュメンタリー風番組なのだ。

「女将さん、すみません。修行のために勝手に上がり込んでやらせてもらったのでお金を受け取る訳にはいきません。お気持ちだけいただきます。ありがとうございました!」

しかし、女将は頑固だった。

「こういうものは受け取るのが礼儀なのよ。覚えておきなさい。さあ気持ちだから。遠慮は要らないから」

「いや、しかし…」

押し問答、15分。

「アンタもじょっぱりだねえ」

女将は機嫌が悪くなった。

AD近田がカメラを止めてごんざえもんに小声で言った。

「受け取ってください」

ごんざえもんはやっとご祝儀を受け取って店を出た。

「女将さん、頑固でしたねえ。あ、さっきの祝儀袋貰えますか?制作費に回しますので」

なんだよ。
少しはくれよ。缶コーヒーとかくらいいいだろ。

「さあ戻りましょう」

ごんざえもんはどっと疲れて野宿先に帰った。

すずは寝袋でぐっすり眠っていた。

「夫婦シャッフル」の時の女性AD糸柳もすずの横に座って居眠りしていた。
すずは疲れているのかイビキが凄かった。

近田と糸柳のAD二人はホテルに帰って行った。

ごんざえもんは、ノートを出して、週末のライブのネタをまとめにかかった。
この旅番組で、初めて単独ライブをやるのだ。
ウクレレ漫談はド素人なのだった。

晩秋の月が煌々と光っていた。


第二十七章「青森リンゴ倉庫ライブ」

いよいよライブ当日。
ごんざえもんはインディアンの羽根飾りを頭に被っていた。衣装は黄色のTシャツにすずの手作りのスパンコールのベスト、そしてブルージーンズに白のスニーカー。
ウクレレはすずがハワイで買ってくれたコアロハウクレレ。
エレキ仕様で、番組側が用意したアンプに繋いで演奏するスタイル。

ドキュメンタリーの番組収録はずっと続いているが、ごんざえもんにとってはお笑い芸人としていよいよライブが始まるのである。

番組側スタッフとごんざえもんとはライブに賭ける意気込みがまるで違うのだった。

「いいねえ、インディアンの羽根飾り」

佐藤リンゴ倉庫の社長が言った。

昔、ごんざえもんは即興劇団無宿人別帳の後輩のドゥハハ虫(チュー)という虫喰い芸人と10人編成のコミックバンド「ジェロニモ権堂と虫喰いストリップ管弦楽団」を組んでいた。
メンバーはハーメルンの留学生パイプオルガン奏者が16人もいた斬新なバンドだった。

ジェロニモ権堂(ごんざえもん)がリーダーで、ドゥハハ虫がパフォーマンス担当。

ドゥハハ虫は途中服を着たり(全裸が普通の状態だった)、ドバミミズやタランチュラや乾燥サソリを食べたり危ないパフォーマンスをするのだ。

ドゥハハ虫(チュー)は主にお祭りの見世物小屋で活動していた。

ある九州の田舎のお祭りでのこと。

「ミャンマーの虫喰い原住民バーゴン」

という設定で、檻の中に入れられドバミミズやタランチュラを食べる仕事だった。

一日20ステージ。

「バーゴン、大丈夫?」

テキ屋の元締めの娘が心配していた。

娘は小学生だった。

ドゥハハ虫を本当の虫喰い原住民バーゴンと思っていたのだ。

「バーゴン、ミミズばっかり食べてちゃ体に毒やで。魚も食べなさい。はい、これ」

娘は手のひらの中の金魚をバーゴンに手渡した。

「ウハ?」

死んだ金魚だった。

「バーゴン、好き嫌いはあかんで!食べなあかん!」

娘は悲しそうな顔をした。

「ウハウハ!」

少女の夢を壊さないようにバーゴンは死んだ金魚を無理矢理飲み干した。

ある日、バーゴンは仕事前にコンビニの前でアイスクリームを食べて携帯で自撮りしていた。

「あ!バーゴンがアイス食べながら自撮りしてる!」

あの娘だった。

「ウハーッ!?ウハウハ!(違う!違うんだよ!)」

バーゴンことドゥハハ虫が必死で誤魔化そうとすると。

「大丈夫。薄々わかってたで。バーゴンは本当は普通の人間ってこと。昨日焼きトウモロコシと綿菓子食べてたの見たもん」

娘は笑った。

そんなドゥハハ虫とごんざえもんは
バンドを組んでいたのだ。

その時にごんざえもんはインディアンの羽根飾りを被っていたのだ。

その羽根飾りは世良公則とツイストの初代ギタリストのウマさんに貰ったらしい。

その名残りでワイキキごんざえもんになった今もインディアンの羽根飾りを被っているのだった。

ごんざえもんの顔は地味だった。

そのバンドの楽曲は全曲オリジナルで、ごんざえもんが担当。

レパートリーは「哀しみのルーキー新一」「チョメチョメ慕情」「力道山がいっぱい」「今夜はデリケートゾーン」等、すべてインストゥルメンタルで、指揮者もいた。

指揮者はポール・モーリアの従兄弟のオジー・オズボーン・モーリアで、バンドはイージーリスニング爆裂楽団だった。

「さあ、そろそろ始めますか」

AD近田が言った。
ごんざえもん、すず、近田はライブ会場のリンゴ倉庫に向かった。

東京から撮影スタッフも来ていた。

「ワイキキごんざえもん単独ライブで合計10000人のお客さんを集めないと離婚」

一万人。

離婚。

一週間前、龍飛崎で風の中、Z専務からの指令が脳裏に焼き付いていた。

いよいよ始まるんだな。

今日お客さんは何人くらい居るのか?

ごんざえもんはふと思った。

佐藤リンゴ倉庫の社長が隣り近所や親戚中に連絡してくれたらしい。

ありがとうございます。

「お願いいたします!」

ごんざえもんはステージに向かってゆっくりと歩いて行った。

〈続く〉

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