漫文駅伝特別編 小説『うばすて山』④ ウメ
これまでのあらすじ
80歳で死を選ぶか、お金を払って歳を重ねるか選べるとしたら…。
敬子は、公務員で、毎日、誰かを迎えに行く。
第四章 気の合う3人
白いバンに、進が、乗り込むと、もう2人、明るい男女が、座っていた。
「みなさん今日、誕生日なんですよね?」
「なんだか、ご縁を感じますね。」
「初めまして、これから、よろしくおねがいいたします。」
「いや、今日限りですよ!ははははは」
車内は、以上にテンションが、高い。
恐怖心と緊張からなのか、
「10数える間に楽にいけるんでしょ。」
「思い残した事とかありますか?」
「向こうの方が、知り合い多いんですよ。久しぶりに会えると思うと楽しみで」
「お菓子持ってきたよ!食べる?糖尿だけど、もう関係ないからね。」
思い思い、誰に話すわけではなく、3人は、話をしている。車内は、遠足にでも行くようなノリだ。
お見送りは、人によって違う。大勢に華やかに見送られる人。
家族に嘘をついて一人でこっそり行く人。
恵は、家族に嘘をついた。朝から、友人達と誕生日のお祝いで、旅行に出かけると言って、娘夫婦の家から出てきた。
3人の子供たち、みんなで話し合い、協力して、税金を納めるという事になった。たいした額じゃない。
ただ、迷惑をかけたくなかった。それに、充分幸せに生きた。恵は、産婦人科医だった。たくさんの命をとりあげ、見送って来た。
そんな人間が、わがままかもしれないが、このまま、元気なまま逝きたかった。話し合い、とはいっても子供たちの長生きして欲しいという願いが、揺らぐ事は無かった。
しかし、後から知ったら、みんなどんなに悲しむだろうと、遺言などは、残して来たが、それだけが、車中で、心残りだった。
「長野さんでしたっけ?もしかして、お母さんは、美智子さん?」恵は、敬子を見て話しかけた。
「え?そうですけど、なんで知ってるんですか?」
「いえ、そっくりだから、お母さんに。」
「私、産婦人科医でね。私が、あなたをとりあげたのよ。未熟児でね。何度も生死を彷徨って、とても小さかったけど、ちゃんと生きようとしてくれた。こんなに立派になって…。」
「すみません。母とは、子供の頃、出てったきり、会ってなくて…そうだったんですね。」
「そうなの…。お母さん。あなたを授かった時、お父さんと、すごく嬉しそうでね。確か、高齢出産だったから。あなたを産んでからも、ずっと心配そうで、あなたの側を離れたがらなくてね。はじめてお乳をあげられるようになった時、それは嬉しそうで…」
「やめて下さい。」
敬子は、つい大きな声を出してしまって、自分でもびっくりした。
「すみません。あまり、母の話を聞くのは、気分が、良くなくて…」
「そう、ごめんなさいね。つい、思い出したら嬉しくて、話が止まらなくなっちゃった。」
「皮肉なものですね。私の命とりあげて、救ってくれた方を私が、連れて行くのですから。」
吐き捨てるように敬子は、行った。
「あなたは、この仕事が、嫌い?」
「仕事なんで」
敬子は、書類に目を通すふりをして、話を遮った。
「優しい子なのね。心に壁を作って、あえて突き離してるように感じるわ。そうじゃないと続けられないわよね。本当は、あまり話を、したくないのに、話しかけてごめんね。情が移ったら辛いもの。私も、患者さんの中絶手術の時は、心を閉ざしていたわ。」
恵は、一人で、話し続けていた。
進は、人を殺した事がある。若い頃、トラックに乗っていた。深酒して、そのまま、検査をごまかし、トラックに乗り、飲酒運転で、同い年ぐらいの青年をはねた。しばらく塀の中にいた。
しかし、周りに恵まれ、残りの人生は、まじめに、贖罪を背負いながら、幸せに暮らした。ただ、いつも心のどこかに、しこりがあった。自分が、このまま幸せに、歳を重ねて良いのかと思っていた。
進もまた、家族に嘘をついて家を出てきた。パチンコの新台が出たので、並ぶと嘘をついて…。早く逝って、とにかく詫びたかった。長年悔い続けた。自分の気持ちを少しでも、早く、楽にしたかった。
太一は、独り身だった。さっきまで、コンビニの夜勤に入っていた。いつも通りの朝を迎えたかったのだ。今日が、最後なのは、店長しか知らない。
昔は、夢を追って好きに生きた。太一は、芸人を目指していた。女遊びも、激しかった。全くチャンスに恵まれず、歳ばかりとって相方を亡くした太一は、しばらく一人で、頑張ったが、結局、夢を諦めた。
夢を追う若者と一緒に働くのが、太一の、生きる糧となっていた。今日も、太一さん。太一さん。と慕って懐いてくるバンドマンの若い子と、ふざけながら、仕事をしてきた。
「太一さん、また、今度飲みにいきましょうよ!」
「また、お前、年寄りに、たかる気だな!来週給料日だから、来週な!」
「よっしゃあー!太一さん、また明日!」
太一も、また嘘をついてきた。太一も、精一杯生きて、思い残す事はなかった。向こうには、会ってまた、面白い話をしたい相手がいる。
ただ、夢を追う青年の悲しむ顔は、見たくなかった。
車内は、嘘をついた罪悪感と、妙な緊張感で、テンションが高く、お互いの身の上を語るわけでもなく、若い頃好きだったアイドルや、流行ってた物など、くだらない話をして、盛り上がった。気の合う3人は、自然と仲良くなっていた。
「もっと早く出会ってたら、飲みにでも行けたんですけどね。」
「本当そう!きっと楽しかったでしょうね!飲みたかったですねぇ。」
「楽しいお酒になりそうですねぇ!ま、今日限りですけどね、ははははは」
「そこで止めて下さい。」
敬子は、白いバンを止めた。一気に、車内に緊張が、走った。いよいよ腹を決めなくてはならない。敬子が、言った。
「降りて下さい」
白いバンのドアが開いた。覚悟を、決めて降りた3人に、敬子は、小さな声で言った。
「2時間ぐらいなら良いですよ。」
居酒屋チェーン店だった。
「え!!良いの?」
「今日は、これで終わりなんで、渋滞とかで、遅れた事にします。戻ってくると約束して下さい。」
「でも、お金持って来てないよ。」
「私の奢りです。先生には、お世話になったみたいなんで。あの…母の話も聞けましたし…。」
「じゃ、お言葉に甘えて、行きましょう!行きましょう!!」
「良いのかしら…」
「行きましょうよ!せっかくですから!」
2時間後、3人は千鳥足で、楽しそうにハピネスに向かった。
敬子は、また、泣きながら3人を見送った。
〈続く〉