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『ワイキキごんざえもんの憂鬱』④ ウクレレえいじ

第九章「運命」

舎人公園の池の畔。

もうあたりはすっかり暗く、逢魔が時を迎えようとしていた。夕陽が異様に大きく、不自然なくらい橙色だった。カズちゃんが昔、羽振りのよかった話を延々としている。最近のカズちゃんは芸人活動はほぼ皆無だったし、ごんざえもんはずっと黙ってるから仕方なしに空間を埋めるために話しているようだった。

「ファ~♪」

また強い風が吹き、ウクレレがC6の音を奏でた。

「ウクレレ、それ最後の1本なんだろ?大事にしなきゃ」

ごんざえもんは元々、趣味でウクレレを弾いていた。

昔、アイドル時代のすずがテレビ番組の海外ロケでお土産で買ってきてくれた本場ハワイのウクレレだった。

「ごんざえもんさんは苗字はワイキキなんだから。ハワイ製のウクレレ使わなきゃ。結構いい奴なんですよ。高かったんだから」

当時、付き合う前の妻すずがアロハシャツと一緒にウクレレをプレゼントしてくれた。

ハワイアンコア造りの本物。玩具じゃないハワイのプロのミュージシャンが使うウクレレだった。

コアロハのスタンダードウクレレ。

それまでごんざえもんが持っていたウクレレは御茶ノ水の楽器屋で買った4800円の国産のウクレレだった。

「超低価格品」

と冊子に書いてあった。

生コンの手配師のアルバイト時代に7本くらいウクレレを買ったが、このすずのウクレレ以外は御茶ノ水の中古楽器店に全部売ってしまった。

『四天王落語会』以来、友達になった実力派落語家の桜家彦まろにウクレレを貸して教えていたが、それも出来なくなってしまった。
彦まろは当時まだ二つ目だった。
ある日のこと。彦まろから電話が掛かってきた。

「ごんさん、今御茶ノ水にいるんですけど。どの店ですか?買い戻しにやってきました」

彦まろは熱い男だった。「ウクレレレッスン」といいつつ、毎回過分なレッスン料をごんざえもんに支払うのだった。

生憎もう質草(ウクレレ)は流されていた。

5万円で買ったウクレレも中古楽器屋に買い取ってもらう時は9000円くらいにしかならなかった。

ごんざえもんは電気代で全部消えてしまうと思い、ウクレレを売った金で慣れないパチンコをしてスッカラカンになり、自己嫌悪に陥り、暗くなり、益々内に籠もるのだった。

昔はごんざえもんの人柄や明るく美しいすずの二人の安アパートにはたくさんの友人が集まった。

芸人仲間、役者仲間、アイドル仲間、バイト仲間、近所のクリーニング店のオヤジの家族等。

20人くらい人が集まった時、通報され、警察官や機動隊に包囲されたこともある。

しかし、翌週末になると、その通報したおばさんも、警察官も機動隊も遊びに来るのだった。

ごんざえもんは決しておもしろい話をする訳でもない。

「やるねえ~」

「やるもんだねえ~」

「遊びにおいでよ」

「ペヤングあるよ」

家にあるものは何でもみんなに振る舞った。

みんなも酒や食べ物を持ち寄った。芸人や演劇、オーディションやバイトの情報交換したり、意気投合して一緒に舞台をやる者、結婚したカップルもいた。

「ごんさんってなんなんだろうね。仙台四郎みたいな。この前神様みたいな顔して寝てましたよ」

メキシコのプロレスラーでもある、横浜メガトンパンチの芸人ミツバチ三郎が言っていた。

体重160キロのミツバチ三郎もいつも神様みたいな笑顔だった。

しかし…。

ごんざえもんがバイトを辞めて、すずが不機嫌になってからは誰も寄りつかなくなった。

居たたまれない空気が流れていた。

ごんざえもんはカズちゃんと舎人公園で会うだけだ。

「オレは付け眉毛だけだからいいけど。いいかい、ごんさん。そのウクレレだけは絶対に売っちゃダメだよ。そのウクレレはごんさんとすずちゃんの子供みてえなもんだからな」

確かに。すずがこのコアロハウクレレを買ってくれてからラッキーなことが続いた。
すずが笑顔だとみんながしあわせそうになった。ごんざえもんではなく、すずが笑顔だから人は集まっていたのかもしれない。

「♪あなたぁ~のためぇに~守りぃ~通した女の操~」

ごんざえもんの携帯が鳴った。

ごんざえもんの携帯の着メロは殿様キングスだった。

もう二度と仕事を振らないからなと怒っていたマネージャーからだった。

このマネージャーはそう言いつつも、何度もごんざえもんに電話をかけてくるのだった。

ごんざえもんの芸ではなく、キャラクターを認めていた。

「お、珍しいな。一発で電話出るなんて」

「その節は大変失礼いたしました」

「ごん、謝らなくていいよ。過去を振り返ってもしょうがないよ。それより『全力ボーイ』の企画の話が来ててさ」

あの国民的人気番組だった。

「夫婦で出演が条件なんだよ。うちの事務所、結婚してるのごんだけだからさ」

出たかった。だが、問題は夫婦で出演だった。

すずは芸能界を完全に引退して、最近カフェで週5でバイトをしていた。

昔事務所から来た別の夫婦企画を一度断っている。その時はまだごんざえもんは生コンのアルバイトをしていた。

「嫁さん、やんないよな?」

マネージャーもトーンダウンした。

「一応聞いてみます。今出先なので家に帰って妻と話してから今日中に連絡いたします」

「嫁さんOKならほぼ決まりだから!よく話してな。今は『全力ボーイ』もそんなに過酷じゃないから」

わかりました、とごんざえもんは電話を切った。

「ごんさん、『全力ボーイ』だって?凄いじゃないか!」

横で電話を聞いてたカズちゃんが興奮している。

「いや、まだ決まった訳じゃないから」

「ダメだよ!ごんさん、決めなきゃ!『全力ボーイ』だぞ!大チャンスだぞ!いいか、すずちゃんに土下座して頼むんだぞ!オレが一緒に頼んでやろうか?3000円で引き受けるよ!いや、2000円でどうかな?!いや1000円、1000円でどうよ?」

ごんざえもんは今日初めて笑った。

ごんざえもんはカズちゃんと別れた。
家に帰った。
バイト帰りで缶ビールを飲んでるすずに恐る恐る話した。

「やるしかないだろ!」

すずは即答だった。そして、タメ口だった。

こうして二人はちょっとした取材と打ち合わせの後『全力ボーイ』に出演が決定したのだった。


第十章『夫婦合戦』

「こういう企画なんだけど」

マネージャーの桜井が電話で説明してくれた。

桜井の仕事の説明はいつも適当だった。

桜井から何度か余興の仕事をもらった。

桜井が言う「横浜のディナーショー」はサウナの仮眠室で、風呂上がりの、暗室でイビキをかいて寝てるお客さんを突然灯りを点け、無理に起こしてネタを見せる仕事だったし、「湘南のレストランでファミリー層のアットホームなパーティー」は、目つきの鋭い屈強な男たちのファミリーの宴会だった。

ファミリー違いだった。

若い衆は、ビール、日本酒、テキーラ、ウォッカなど様々な酒の一気飲みを何度もやらされ、みんな吐いてぶっ倒れていた。

その後にごんざえもんはウクレレ漫談を30分間するのだった。

極めつけは
「札幌じゃない北海道の大雪山の麓の村の雪祭り」。

桜井マネージャーの生まれ育った地元の小さな雪祭りの仕事だった。

北海道の2月。

記録的な大雪の日で、野外イベントだった。なぜがステージに屋根がなかった。

村人たちは運動会の時に使う屋根のあるテントの中で、鍋の煮込みを食べながら酒を飲んでいた。

気温は零下35℃。

猛烈な吹雪。

「昨日はマイナス48℃だったから今日はまだ暖かい方だべよ」

藤原釜足みたいな爺いが言った。

「八甲田山じゃないんだから」

この時は解散前のトッパライ産業、カズちゃんと谷やんも一緒だった。

吹雪で客の顔は全然見えなかった。

この日はもうひとりお笑い芸人が来ていた。

伝説の突撃漫談家のカリスマ芸人、鬼島奇兵だった。

鬼島はごんざえもんとトッパライ産業とは昔からの芸人仲間であった。

芸人からは一目置かれる存在で、文学、映画、音楽、お笑い、落語、歴史、政治、刑罰史、泌尿器科などすべてにおいて専門家並みの知識があった。
鬼島はソルボンヌ大学を首席で卒業し、ドーバー海峡をバタフライで泳ぎ切る男だった。
次世代のタモリと言われるほどの知識人でもあった。
いつでもどこでも全力で過激なパフォーマンスの鬼島にはコアなファンがたくさんいて北海道まで見に来るほどだった。

この日はトッパライ産業、ワイキキごんざえもんの後、トリ(最後)はもちろん鬼島奇兵だった。

トッパライ産業、ごんざえもんが視界ゼロの吹雪の中、なんとか余興を終えた。

「あれ?鬼島奇兵先生がいないぞ!」

村人も芸人も騒然としていた。

「もしかしたら『大雪山おおゆきおとこ』にさらわれたのかもしれねえだぞ!ドゥビドゥバア~」

左卜全みたいな爺いが言った。

村人たちは迷信深かった。

すると…。

「アイヤアアアァー!!!」

「ええっ?!」

雪の中から奇声を発しながら雪まみれの軍服姿の男が現れた。

「うわあっ!何だ!?」

鬼島奇兵だった。

鬼島は登場から村人たちをびっくりさせようと、30分前から雪を掘り、雪壕の中でスタンバイしていたのだった。

「奇兵さん、凍傷になるよ!」

「状況劇場じゃないんだから!」

しかし、鬼島奇兵は平気だった。約一時間、村人たちは大爆笑だった。

「やっぱ奇兵さん、スゲえや」

カズちゃんも谷やんもごんざえもんも尊敬の眼差しで鬼島奇兵を見ていた。

しかし、その後。この日の仕事が原因で鬼島は凍傷にかかり、鼻がもがれたという。

今でもこのメンバーは一年に一回浅草の捕鯨船に集まっている。
『大雪山番外地 零下35℃の吹雪死闘戦友会』を開いて煮込みをつついて酒を酌み交わしている。


第十一章『全力ボーイ』

マネージャーの桜井が言うにはこういうことだった。
ごんざえもん夫妻が出演する企画は『激論!夫婦合戦』という番組らしかった。

芸人夫婦と一般サラリーマン夫婦が、番組側が用意したあるマンションの一室に1か月間夫婦生活をし、それぞれの部屋で結婚について話すという企画だった。

正直、何の興味もなかった。

妻すずとカメラの前で、全国民の前で結婚生活について話すのは憂鬱だったが背に腹は代えられない。

今現在も二人はほぼ会話のない状態だった。

果たしてそんな番組は成立するのだろうか。
おもしろいのだろうか。
しかも『全力ボーイ』が幾ら過激路線からソフト路線に変わったといってもこの企画は弱過ぎないか。
ごんざえもんはよくわからなかった。

学生の頃までは結構バラエティ番組を見ていたが、芸人になってからはほとんどテレビを見てなかった。

ごんざえもんは『全力ボーイ』に出演するということだけに意味を見いだしていた。

国民的人気バラエティ番組『全力ボーイ』に出演し有名になる。それだけ。

ごんざえもんは自分に力があるとまだ思っていた。

知名度が上がれば売れる。

「なんでもやる」

ある意味、テレビに魂を売った気がしないでもなかった。

近道を選んだような。

とにかく、ごんざえもんは必死だった。

妻すずは番組側の『そのままアルバイトをしてもいい』という条件に安堵した。

スタッフが言うにはサラリーマン夫婦は共働きらしいから、四人全員が日中はいつものように生活し、夜部屋で夫婦について話し合うという企画らしい。

いよいよ収録当日。
ロケ車がごんざえもんの安アパートに迎えにきた。
テレビ側が用意したマンションに移動するのだ。

あらためて。
あるマンションの一室で一ヶ月間。芸人夫婦、サラリーマン夫婦がそれぞれ別の部屋で結婚について話すだけ。

収録番組だから、1クール(三カ月)に延ばして番組放送する予定らしい。

撮影現場のマンションに向かうロケ車の中。

「あの、これ一応付けてもらえますか?」

唐突にディレクターが言った。

この番組名物のアイマスクとヘッドフォンだった。

この番組は売れない芸人をいきなり拉致、連行する過激なスタイルだった。しかし今回は話し合って納得して企画に参加したのだからごんざえもんは驚いた。

「え?同意して来てるからアイマスクとか要らないんじゃないですか?」

「一応、番組の形式でして。お願いいたします!」

ごんざえもんは少し不信に思ったが、
すずは何だかウキウキしてるようだった。

ごんざえもんとすずは深く考えずにアイマスクとヘッドフォンを付けた。
少しごんざえもんもわくわくした。

やがてロケ車はどこかに停車し、ごんざえもんとすずは車を下り目隠しされたまま連行された。

ヘッドフォンは音楽が大音量で流れていて、全く外の音は聞こえなかった。

なんかエレベーターに乗ってるような気配がした。

これから生活するマンションだなとごんざえもんは思った。

やがて…。

「アイマスクを取ってください」

ごんざえもんはヘッドフォンとアイマスクを外した。

「よおっ」

番組の名物プロデューサーが正面に立っていた。

マンションの一室のようだった。

目隠しの影響もあったが、テレビの撮影隊の照明が眩しかった。

名物プロデューサーは、以前バイアグラテポドンズで前説をしたのを覚えていたのか、いつもそうなのか親しみやすい笑顔をごんざえもんに向けた。

この名物プロデューサーは、笑顔で鬼の指令を出すので有名だった。

「奥さんとは上手くいってないの?」

ごんざえもんは、妻すずのことを思いだし、隣りを見た。

「えっ!?」

隣りの女性はすずじゃなかった。

知らない若い女性が立っていた。

名物プロデューサーXが言った。

「『夫婦シャッフル』。よろしくな」

「『夫婦シャッフル』?え?」

ごんざえもんは絶句し、その場に立ち竦んだ。

〈続く〉

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