1話 「マルチマシンを作りたいんです」
2022年10月某日、ヨガインストラクターの知人から、
「『クライアントの方』が、新しいトレーニングマシンを開発したいらしく、トレーニングに詳しい方の意見を聞きたいみたいです」との連絡をいただき、当初はあまり深く考えず、
「自分にできる事があれば」
という感じで、気軽に引き受けました。
正直、その時はここまで大きな話になるとは思ってもいませんでした。
仕事の合間の時間に、大阪・京橋のカフェで、この案件を紹介してくれたインストラクターの知人、『クライアントの方』(K-MAX株式会社・古川社長)、私の3人でお話しする機会を得ました。
◎マルチマシンを作りたい
少しご挨拶の会話を交わした後、古川社長からこう切り出されました。
「マルチマシンを新しく作りたいのだが、トレーニング業界的に見て、需要はあるか?」という質問を受けた記憶があります。
マルチマシン。
この打ち合わせの時点での業界のトレンドとしては、いっときのパーソナルジム開店ラッシュは落ち着きをみせ、むしろ苦戦している店舗の閉店が目立ち始めていた時期でした。一方、24時間型のフィットネスクラブや、開店ラッシュ当初よりももう少し大箱のパーソナルジム様が勢いを持ちつつあるタイミングでした。
トレーニングマシンに関しては、パワーラックにスミスマシン、ケーブルマシン、ラットプルダウン、ロウイングなどの機能が備わった、いわゆる5in1のラックが既に広く流通しており、 ”品質は置いといて” 海外で生産されたかなり安価な製品も広く出回っておりました。
そのような背景から、
「現状すでに5in1のものが出回っており、正直それほどニーズがあるとは言えない」との考えを持ちました。
そんな考えも、古川社長から提示された一枚の図面を見て、完全に覆されました。
◎シーソーみたいな2本のアーム
平行に並んだ2本のアーム。
そしてその2本のアームそれぞれの真ん中あたりに「貝」の様な形の稼働部。
なるほど。と私は思いました。
大変シンプルな、テコの原理。
アームの末端にプレートをつけて、逆側の端、または、錘をつけた側を動かす。
確かにこの形状なら、負荷がかかるポイントなどを気にしなければ、スクワット、デッドリフト、ベントオーバーロウイング、ベンチプレス、ショルダープレス、ラットプルダウン…色々できる。
しかも、アーム中央の稼働部が横方向に稼働し、アームの幅が自在に変化する。このことで、フライやサイドレイズなど、これまでダンベルやケーブルマシンで行っていた種目もこのマシン一台でできる。
「ひょっとしたら、これ、凄いかも!」
瞬時にそう感じました。
◎トレーニングの新しいスタンダードになるようなマシン
「フレキシブルパワーアーム(略してFPA)と命名したいと思います。」
「いつか、トレーニーの皆様が『FPAプルダウン』『FPAチェストプレス』などのように、スミスマシンの様に当たり前にフレキシブルパワーアームを使用していてただけるくらいのものにしたいです!」
”EZバー”カール、 ”スミスマシン”スクワット、 ”ケーブル”クロスオーバー…。
トレーニング種目には、エクササイズ名の最初にその種目で用いるツールやマシンの名称を冠しているものが多くあります。
ある意味それは、そのツールやマシンがトレーニーの皆様に浸透し、スタンダードになったという証拠でもあります。
シンプルに「職人の知恵で珍しいものを作ってみました」ではなく、
「トレーニング界の新しいスタンダード」にする。
口数がそれほど多くない古川社長ですが、私にとっては十分に情熱が伝わってくる会話でした。
本当なら、市場調査を行なって、ニーズのあるものを、メーカーの技術力で作り上げ市場に出す。これが正攻法なのでしょう。
しかし、そんな事より、
「トレーニング界の新しいスタンダードの創造」
という言葉に惹かれたのでした。
トレーナーという職業をしている私にとって、その言葉の響きは眩しすぎるほどでした。
もちろん、様々な課題はあります。
可動性、サイズ、何よりも安全性…。
主戦場がトレーニング指導の現場である私にとって、「トレーニングマシンの安全性」に関しては大変大きな要素の一つでした。
何よりも、マーケティング。
この、世にも珍しい、誰もみた事もないマシンを、どの様に拡散・拡販し、スタンダードと呼べるレベルにまで持っていくのか。
大変、長い道のりです。
しかし、それら全て含めて「新しいスタンダードの創造」。
ほんの1時間弱の打ち合わせで、私はこのプロジェクトに「かなり前のめりに」関わる事になりました。
そしてここから、実際に試行錯誤しながらマシンを製作していく段階に入るのですが、ここで、モノづくりの街・大阪は大東市の職人の知恵と技術を見せつけられる事になります。
〜つづく〜