見出し画像

時計

 「サンロード」という昔ながらの商店街にある古い時計屋で電池交換をすることになったのは、一回目のポールスミスの時計の電池交換をする時「特殊な蓋をしてあるため、ここではできない」と言われ、南口のこの時計屋を紹介されたのが始まりだった。

 時計屋のお爺さんは、首をかしげながらも工具を出しものの15分で交換してしまった。「ブラボー」と心の中で思った。それから時計ベルトの部分を綺麗に拭いてくれた。1500円と言われても納得がいった。
 僕はこのお爺さんを信頼し、二回目の青い文字盤の時計もここで電池交換をしてもらった。その時も1500円だった。
 そして三回目の時計、カシオの金のデジタル時計だ。これで僕の持っている時計のすべてだ。顔も覚えられた。
 暖かい店内と、カチコチカチコチという音で睡魔に耐えながら、向いに座るお爺さんの横顔を見ていた。目にキズミをつけ、工具を取り替えながら蓋を開け、電池を取り出す。ろくに見ずに箱の中から新しい電池を取り出した。「体が知ってるよ」と言いたげだった。わざと引き出しを開けてその開いた縁に右手を置き、支えるような仕草が物語っている。カバーを閉めて、ネジをきっちり閉めた。
 しかしその後店主が何やら時刻を見ながら首をかしげていた。もう電池の交換は終了しているはずだ。時間を合わせてくれればいい。
「時間が合わないのですか?」
 「だよね。そうだよねぇ。」白髪坊主をかきながら微笑んだ。
 店主はどこかに電話をし始めた。しかし、受話器をそっと置いた。
 「悪いんだけどね。時間が合わないんだ。ここに平日電話してもらって聞いてみてくれないかな。今かけたら今日は休みだっていうから。」
 お爺さんは紙切れに鉛筆で番号を書き僕にわたした。「あ、はい。」僕はそのメモを受け取った。几帳面な人が書く数字だった。
 「500円でいいよ。できなかったから。」と言って恥ずかしそうに笑った。「いえ、このあいだ1500円だったので、今回もこれでお願いします。」正直、500円が良かったけど、この時計屋を応援したい気持ちもあった。そういう呑気というか朴訥なところが、この町の時間を動かしている。
「うーん。ニューヨークの時間でもいい?」とお爺さんは笑いながら、頭をかいた。

眠たい頭で「時差13時間を引き算して使えばいかぁ」と思ったが、口には出さなかった。

いいなと思ったら応援しよう!