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生まれて初めては、まだまだある

背中に貼る、あの丸い磁石。みなさん知ってますか? あ、note仲間の皆さん、若いひとがけっこう多いから「あ、ウチの親が使ってますね~」と、しゃらーっと言うんでしょうね。お願い、その口にチャック。黙ってね?

先日、生まれて初めて手術を受けました。

手術前にこんなツイートするなんてねえ。「怖い」とか書いてるけど、結構、「わたしヨユー」感が出てますよね。ああやだ。その口(指?)、誰か止めてください。風邪も滅多に引かない健康な人間が、ベッドで安静を強いられる状況がどんなものか、このときはまだ知らないんです。ああやだやだ(二回目)。

手術が初めてなら出産以外の入院も初めて。手術自体は簡単なものだったので、二泊三日です。病院によっては一泊二日のところもある手術なので、全体的に軽くみてました。うん、それが間違い。

脊髄くも膜下麻酔。手術は下半身のみの麻酔です。「おお、意識があるんだ。そりゃ面白い」と若干ワクワクしていたのも間違い。執刀の主治医と話もできるというので、何を話そう? 何を聞こう? なんて考えていたんです。看護師さんからは「音楽も流せますよ」と、まるで分娩室。だからそのカジュアル感、間違いだってば。

ワタクシ注射に恐怖心は皆無なので、麻酔の痛み止め注射からの本チャン注射は難なくクリア。足先からじんわり熱くなって動かなくなっていき、その感覚が胸まで上がってきます。と、そのとき。どうにもこうにも言い表せない嘔吐感。車酔いする体質なので吐き気には慣れているんですが、下半身から押し上げてくる熱いような冷たいような感覚……未体験ゾーン突入。なんなの…これ…はじめて…! と、このとき、ああそうか、私、歯の治療以外の麻酔は初めてだったと気が付きました。

「何かあったら、すぐに教えてくださいね」と言われていたので、すぐさま「ぎもぢわるいでずううううう」と看護師さんに訴えました。口元に嘔吐物を受ける容器を用意してくれましたが、吐こうと思っても、すでに胸のあたりには力が入らない状態で「咳」ができません。軽くえづくだけ。で、考えてみたら絶食しているので、吐くものもないんですね。「薬入れますね~」と朗らかに言われたので、点滴に吐き気止めでも追加してくれるのだろうと予想していましたが、違った。おそらく投与されたのは鎮静剤。そこからは、何か聞かれても「ねむい」とリピートしてた記憶しかありません。

「クニさん、どうですかー。気持ち悪いですかー」「…ねむいです」「今、先生が切除に入りましたから、もう少しですからねー」「ねむい…」「消毒してますからねー」「……ねむ」「止血剤、詰めてますよー」「ね……(多分寝てた)」「クニさん、終わりましたよー」「……(おわったのん)」「台、移りますからね」「……(うつるのん)」「イチ、二、サン」「……(あ、ホントにイチニサン言うのね)」「ちょっと待っててくださいねー」「……(わたし、重くなかったかしら)」

こんな具合に、後半は意識はあって看護師さんの声は聞こえるものの、なにごとにも反応できない状態でした。でも自分が重くないかとか気にしてるあたり、すっごく不思議。余裕あるじゃん、ねえ? ただ朦朧としていたため、手術室で切除部を見せてもらう夢は、かなわず。

病室に戻ってからも、ねむいねむい連発してたと翌日に看護師さんに笑われました。いやしかし術後の拘束の苦しさ。下半身にうっすら麻酔が残る中、左腕の点滴、血栓予防の脚のマッサージ器、尿道カテーテル、さらに右手指先と胸のあたりにバイタルチェックの管が渦巻いて、動けないのなんのって。喉は乾くわ花粉症で鼻は詰まるわで、眠いのに眠れない状態。自由に寝返りがうてないのがこんなにつらいものかと実感しました。で、ひと晩中、辛うじて動かせる右上半身のみでバタバタグニャグニャしてたせいで、退院後に大変なことになるのです。

さて退院。

お約束で「やっぱりおうちがいいわねえ」とつぶやき、家族全員による上げ膳据え膳。さいこう…! 傷みもないし、熱も出なかったため体は元気でした。私が不在の間に子どもたちにより我が家にしては珍しいおやつが買い込まれていて、生まれて初めて食べたおせんべいに歓喜したりしてね。

調子が良かったので、上げ膳据え膳は二日ほどでおしまい。水曜退院で金曜にはほぼ通常通りに過ごしていました。

しかし、木曜夜あたりから、何やら不穏な痛みが右背中に出てきていたんです。金曜夕方には、「おかあさーん」と後ろから呼ばれても、気軽に右側に振り向けなくなっていました。て、これ、寝違えと似てるぅ……! ああ! あれか! あれだよ、手術後の拘束状態のままの長い夜。右の腕だけ上げたり下げたり、上半身右だけひねったり。不自然な体勢で長時間過ごした後遺症…。え、でもさあ、術後は火曜夜、それが木曜になってから体に出てくるなんて、これは……中年の筋肉痛と同じじゃねえか。あ、そうか、中年は寝違えも熟成二日後発生! 中年のみんな、きをつけてね…! 

寝違えか筋肉痛だしと楽観視して、土曜日もいつも通りに過ごしました。花粉症の薬が効かなくて鼻まわりが不快でしたが、むすこをグラウンドへ送り、図書館に寄り、スーパーで買い物も。

ツイッタしたりnote読んだり、来週からのスケジュールを整理したりしてのんびり過ごしていました。が、昼過ぎから悪寒がしてリビングで毛布にくるまってゴロゴロ。そしてそのゴロゴロが悪かったのか、背中の痛みは増し首は動かない右手は上がらない、さらに頭痛まで。

はい、発熱。

あ、そうか

効かないのは、風邪の鼻水だからですね。
とはいえ、医師から「発熱や痛みがあったら受診して」と言われていたような気がします。主治医、なにせサバサバしていて、話していることが指示なのか雑談なのかわからないひとでした。退院後の過ごし方、なんて話はひとつも無かった気がします。たぶん、それは私がいい大人だからだと思いますが。看護師さんは、も、天使。まじで天使。余談ですが、医師の友人によると「医学と看護学は違うのんよ…(遠い目)」と。なぜそんな話になったかの詳細は割愛しますが、医師と看護師は、病院という同じ場で働く国家資格者でありながら、学ぶ哲学はずいぶんと違うみたい。なんか、納得です。

夜中にどんどん熱が上がり、38度超え。
これは明日、病院かなあ。日曜だから救急……。面倒だなあ。コロナ事情もあるから、この発熱は玄関でストップかけられるよなあ。と考えながら、また一晩中グニャグニャしてたら朝には解熱してホッとしました。しかしひと安心したのも束の間、右肩甲骨まわりが痛くて、起き上がれない……! でも不思議なことに起き上がってしまえば、痛みはそうでもない。

起き上がるのに、時間がかかる…
起き上がるのに、時間がかかる……?

これか? これなのか?
寝違え…かと思ってたけど、実は肩の痛み?
そういや、肩甲骨まわり……てのは要は肩か?
いやでもさあ、四十肩とはちょっと……わたし45歳だし…(そこ?
じゃあ四捨五入で五十肩…は、やだー! ちょっとー! 五十はまだいやだー! 五十にはなってなーい!

四十五肩…語呂が悪い…シーゴー肩…シーゴーカター! いいやん! シーゴーカター! ゴーゴーカレーみたいで! ねえ?

と、こんなことを考えながらやっとの思いで寝床から這い上がり、先にリビングで寛いでいた夫に背中が痛いよう…動かすと痛いんだよう…と訴えました。私の状態を聞き取り、すかさず夫が出してきたのがピッ〇エレキバンの類似品(やすいやつ)。彼は妻の背中にやさしく磁石を貼りつけながら、こう言いました。

「ぼくの経験では、痛いところ中心に片側三か所。そしてなんともない側は痛い方をかばって負担がかかるので、こちらも三か所」

さすが。肩凝り・頭痛もち歴〇十年は、貼り方も心得ておる。そうして磁石を背中に装着して数時間。

朝のつらさが嘘のよう。急に後ろに振り返るのはまだ無理ですが、腕は上がるようになりました。ふっしぎー。しかし夫は「ふふ…オマエはもうそれなしじゃ生活できない体だぜ…」と依存症よろしく、妻を磁石で自分の支配下に……。

やだ、こわい。

生まれて初めては、まだまだあるよ45歳。

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くにとみゆき(牡蠣ミユキ)
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