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甘いのしょっぱいの。湿ったの乾いたの。 #夜更けのおつまみ

金曜午後10時半。ひとり、ダイニングでぼんやりと目のまえの皿を眺める。娘の部屋からは物音ひとつ聞こえない。おそらくスマホを触っているのだろう。

夕食後、娘と些細なことでケンカをした。お茶を淹れ柿を剥き、食後の一服を始めた矢先の出来事だった。
「お母さん、この間と言ってることが違う」
娘の行動を冗談で突いたつもりが、逆に私の矛盾点を突かれたのだ。私としては笑い話の提供だったけれど、娘にはそうは聞こえなかったらしい。
娘は「だからイヤなんだよ、お母さんは」と、ひとこと言って部屋に籠ってしまった。

ああもう。
自分がイヤになる。

私はダイニングテーブルの上で乾いてゆく柿を見ながら、さきほどの出来事を反芻する。
ダメだ。一杯飲んで寝てしまおう。寝て起きたら大抵の感情はリセットされるはず。そう思ってキッチンで小さな切子のグラスに山形の黒どぶを注ぎ、ダイニングに戻ってちびちびと舐める。

と、そこへ玄関ドアの開く音。
飲み会へ参加していた夫が帰宅した。

「あれ、珍しい」
私の手元にある切子を見て、夫が言う。
そして嬉しそうに「んじゃ、ぼくも1.5次会」と言いながら冷蔵庫からビールを持ってきた。

「柿で飲んでたの?」
違うよ。これは夕飯後に剥いたんだけど。と言って、私は娘とのことの顛末を話した。ぶつぶつ言う私を見ながら、夫は何かひらめいた顔をしてキッチンに入っていく。

「もしかしたらさ、これ合うと思わない?」と言って佐賀県田嶋畜産の燻製パンチェッタを出してきて、柿の横に並べる。
柿とパンチェッタ…。ええと…それはどうかな。
いや、待てよ。生ハムとメロンを合わせるわけだし。塩気のきついやや乾いたパンチェッタは、しっとり食感で甘い柿と相性がいいかも。それに柿は、この時期はよくサラダや前菜に使われる。

私は楊枝で柿とパンチェッタを一緒に突き刺し、口に運ぶ。

おおお。いいねこれ。そこへ黒どぶをちびりごくり。柿の甘味、パンチェッタの強烈な塩気、そこへ日本酒のすっきりした甘味が混ざって、なんともいい気分。柿は薄い方が良いかもと思い、私はキッチンに立って柿をスライスした。おお、正解正解。やや薄めにスライスした柿と薄いパンチェッタ、この方が口に運びやすい。

余談だけど、子どもの頃、生ハムメロンなるものを知ったのは漫画の「ちびまる子ちゃん」から。確かまる子がともぞうにねだっていたような。メロンが大好きだった子どもの私は、「うえー、なんで美味しいメロンにそんなもの乗っけちゃうの」と訝しくコマを見ていたが、オトナになってから食べた生ハムメロンに度肝を抜かれた。カジュアルイタリアンのアミューズの中にあったそれは、よくある半月型のメロンに生ハムを乗せたものではなく、丁寧にひとくち大にカットしたメロンに生ハムを纏わせていた。
「ん、生ハムメロン」と先に食べた友人が声を漏らす。
あ、生ハムの中はメロンなのね。ついに私も人生初生ハムメロンだと思いながらぱくっとやると…あ、美味しい。生ハムのこってりした塩気とメロンの濃い甘味が相まり、そして、この表面が乾いた感じのハムと、噛みしめると果汁がじんわりあふれるメロンの対比。これはなかなかイイ。イイぞ。ちびまる子ちゃんが憧れていたのもわかる。

いいわこれ。うん。柿とパンチェッタをもぐもぐしながら、果物と生ハムの組み合わせ、最初にやったひとはえらいなーとぼんやり考える。
あー、パンチェッタはもっと薄い方がいいなあとごちたら、夫が「我が家の包丁では、これが限界ですよねー」と返してくる。
娘とのケンカの苦みは少し吹き飛び、夫とふたり晩酌を楽しむ。

「柿とベーコン(夫はパンチェッタという言葉が出てこない)。こんな感じよな。きみら。顔も性格も似てないけど、いつも僕が帰ると楽しそうに二人で話してる」と、藪から棒に夫。
へー、父親の目にはそんな風に映ってたんだ。
すでにほろ酔いのせいか、夫の口からは珍しく育児についての話がぽろぽろと出た。普段、私は夫に対して「子どものこと、何も気にならなくていいわね。結局、父親はいいとこどりよな」と思うことが多かった。でも、夫は夫で思春期の娘に気を使っているのだね。

柿、残してくれてありがとう。おかげで柿パンチェッタが美味しいことがわかった。そして父ちゃんとキミについての話もできた。
明日、ひと眠りしたら娘に謝ろう。ハグもつけよう。
大人の言動の矛盾は、いかんよね。


#夜更けのおつまみ




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くにとみゆき(牡蠣ミユキ)
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