見出し画像

イールドスプレッドと株式市場への示唆

今回は、金利上昇による株式市場への影響ということで、昨日(1月12日)の日経新聞朝刊や電子版に出ていました「米国長期金利上昇、強まる株割高感 日米株の上値重く」の記事について、米国株の観点で触れてみたいと思います。

1.日経新聞記事について

本日、もう一つのNoteで触れましたが、今回の12月米国雇用統計の強い結果から、FRBによる利下げ観測はさらに後退しており、長期金利も上昇しています。ここ1~2年は予想PERなどのバリュエーションの拡大が米国の株価上昇を支えてきた面もあるだけに、直近の長期金利上昇はこのバリュエーションの拡大余地を抑制、または縮小させる方向に働きやすいという意味で警戒されるところです。ただ、今の相場局面における「長期金利とPERの関係性」については、あらためて客観・冷静に整理してみることも必要だと思います。

丁度、昨日の日経新聞朝刊や電子版で「米国長期金利が米国株の予想益回りを上回る「利回り逆転」の現象が起き、米国株の割高感が強まる」といった趣旨の記事が出ていましたので、この機会に少し整理したいと思いますが、まず予想益回りについては、

① 「予想益回り」は「予想PER」の逆数で「1÷予想PER」で表せます。
② また「予想PER」は「株価÷1株当たり予想利益(予想EPS、Earnings per  share)」です。
③ 上記①、②から「予想益回り」は「1株辺り予想利益÷株価」となり、
 これは「株を保有した場合に得られると予想される年間収益率」という意
 味で「予想益回り」と呼びます。
④ つまり、「予想益回り」は、債券を保有した場合に得られる年間収益率で
 ある「金利、利回り」と対比できる概念、値
として使うことができます。

先ほどの日経新聞の記事にある「米国長期金利が米国株の予想益回りを上回る」という現象は、米国10年国債に投資をした方が、米国株式に投資するよりも、得られる収益率が高いと予想されるということを表します(税金やその他の諸条件は一切考慮せず、あくまでも理論的な考え方の話であって、実際にそうなるという話ではありません)。

一般的に、国が償還・返済を保証し、あらかじめ年限も利率も決まっている国債への投資の方が、変動性が高く投資収益が読みづらい株式への投資よりも投資リスクが低いと捉えられますが、そのリスクが相対的に低い米国債への投資収益率(償還までの債券利回り・金利)が米国株式の投資収益率(≒予想益回り)より高いとなれば、当然にして「米国株式は米国債に対して割高だ」という評価になる、というのが日経新聞の記事が伝えていることになります。

2.米国長期金利と米株益回りの関係について

さて、この長期債金利と株式益回りとの差(長期金利-株式益回り。イールドスプレッドとも呼びます)は近年、概ね▲2.0%~▲4.0%のレンジで動き、▲2.0%以上は株が債券に対して割高、逆に▲4.0%以下は株が割安といった見られ方が比較的多いように思いますが、このレンジからしますと、先ほどの日経新聞に書かれている状況は、イールドスプレッドがマイナスどころかプラス転換した(長期金利-株式益回りがプラス)ということなので、それこそ「米国株式は割高なこと極まりない」、ということになります。

ただし、実はこの「▲2.0%~▲4.0%」というレンジは過去長期間の平均レンジから導き出されているとはいえ、せいぜい過去20年程度のレンジ、つまり米国ではディスインフレ環境の中で長期金利が低下してきた期間での平均的なレンジであり、現在のようなインフレ環境とはやや前提が異なります。

では、今のようなインフレ環境に近しい時期ということで1970年辺りからの状況を見ますと、実はこのイールドスプレッドはむしろプラスで推移している期間が長くありました(図4)。

図4 イールドスプレッド(米国10年国債利回り-S&P500益回り)
「米国株(S&P500)のイールドスプレッド推移」より作成 (https://ronaldread.blogspot.com/2018/04/us-yield-spread.html)

図4は過去長期間にわたる米国10国債利回りとS&P500益回りのイールドスプレッドの推移を見たものですが(これくらい長期のデータはなかなか無いので参考にさせて頂きました)、これによりますと、薄いオレンジ色で丸く囲った部分が示すように、1960年代終盤から1970年代前半にかけてイールドスプレッドはプラスで推移し、1970年代半ばから1980年頃まで再びマイナスに戻った後、1980年辺りから2000年前半までの20年以上に亘ってプラスで推移しています。

このイールドスプレッドがプラスに推移している期間は、基本的に米国10年国債利回りが5%以上の水準で推移していた期間であり、その意味では直近の米国10年国債利回りが4.76%と、5%水準に近づきつつあるところでイールドスプレッドがプラス転換している状況は当時と符合するところかと思います。

そして、注目すべきはイールドスプレッドがプラスで推移している状況(株価が割高とみなされる状況)においても、S&P500指数は基本上昇傾向にあったことです(水色の矢印で示した部分)。もちろん、図4はスケールが大きくとられている図なので、年間ベースでは上下動がありますが、中長期では上方傾向が続いた期間でした。この間、EPSは基本的に拡大傾向にあって業績環境は比較的良好だったうえ、1980年代前半以降は厳しい金融引き締めも終わり、利下げ局面に入る中でPERも拡大し、株価は上昇傾向となったものです。

やはりインフレ局面では企業は価格転嫁しやすいこともあり、基本的に業績環境は悪くなく、長期金利が上昇してPERの拡大余地が限られても、EPSの拡大が株価を牽引しやすいものと思われます(1970年代はPERが縮小する厳しい相場環境でしたが、それでもインフレ環境下でEPSの拡大が続き、PER×EPSである株価は横ばいレンジでの推移となりました)。

その意味では、イールドスプレッドがプラスとなった現状において「株価は本当に割高なのか」については(もちろん判断の難しいところではありますが)、悲観も楽観もせず、冷静に景気や企業業績の動向をウォッチしていくことに尽きるのではないでしょうか。

(むしろこれまでの国債価格が割高だった(債券バブルが崩壊しつつある)という見方もあるかもしれません。実際に近年は、日米欧ともに政府債務負担の問題がクローズアップされやすく、景気拡大というよりは財政悪化懸念による長期金利上昇という「悪い金利上昇」も起きやすいものと思われます。いずれにしろ株式市場にとってもあまり良い話ではないですね。)

3.イールドスプレッドと株式相場の関係について

 最後に、少し専門的にはなりますが、イールドスプレッドと株式相場の関係について簡単に整理しました。経験則から一般的に図5のようになりやすいと思われます。

図5 長期金利と益回りの経験則に基づく関係性
(上記の整理は筆者の経験則が多分に含まれます)

ちなみに、相場局面は一般的に、①金融相場⇒②業績相場⇒③逆金融相場⇒④逆業績相場、という流れになると言われていますが、今の相場がどの局面に当てはまるかの判断は難しいところです。これは特に近年の相場は先読みの度合が増している印象があり、そもそも利上げが始まっていない2021年末頃の段階で、2022年3月から始まる利上げフェーズによる逆金融相場を織り込んで株価の下落が始まり、まだ利上げ最中の2022年9月には株価が底を打ってその後は横ばい~回復局面に入っているところが、専門家たちの相場の局面判断を難しくしている面もあるかと思います。
(過去の利上げ・利下げ局面では利上げが始まってしばらく業績相場が続き、利上げ最終段階の辺りから逆金融相場入りして株価が崩れるケースが多かったと思われます)。

私は現在の米国株式の相場局面としては、金融相場を経て業績相場に移行しつつある局面と見るのが様々なデータからしっくりくるものと見ています。今が業績相場入りしつつあるとして、先ほどの図5の整理を当てはめますと、「長期金利が上昇して5%に迫る中で、これまで拡大してきた予想PERの更なる拡大余地は限られる一方で、比較的堅調な景気を反映して将来の業績拡大への期待も入ることで予想PERはそれほど縮小もせず、従って予想PERの逆数である予想益回りの水準もあまり変わらないことで、上昇の勢いを増した長期金利が予想益回りの水準を上回った(イールドスプレッドがプラス転換した)」という構図になります。

そして、先述の通り、このイールドスプレッドのプラスは概ね70年代前後から2000年までの長い期間において見られた現象であり、その間、米国株価は上下動しながらも中長期では上昇傾向を維持した、ということになります。

皆さんはどのように整理されるでしょうか。

以上、簡単ですが、今回はイールドスプレッドと株式市場への示唆についてまとめてみました。

(実際の投資に際しては、自身のご判断でよろしくお願いします。)

いいなと思ったら応援しよう!