【アーカイブ】サモ・ハン演出の妙味
先月後半、SNSでの香港の人気歌手兼俳優アラン・タム(譚詠麟)との食事会の画像で、激やせした姿を披露しネット上で話題を呼んだ香港出身のレジェンド・スター、サモ・ハン(洪金寶)。その後香港メディアでのインタビューで、健康管理上のダイエットでの減量だったことを明かし、重病説を自ら払拭。心配させたファンを一安心させました。
日本では「デブゴン」の愛称で、ジャッキー・チェン(成龍)映画の共演者としても知られるサモ・ハン。しかしながらだいぶ以前よりジャッキーのファンの間でよく聴かれるのが「サモの映画は好きじゃない」という声。演出がモタモタしてるとか、まどろっこしいとか。でもそのツッコミ、当たってるようで実はズレてるんですね。だって、それはあくまでジャッキーを基準にした場合の話だからです。
というのは、サモとジャッキーとは俳優としては勿論、演出家としても個性や方向性が全く異なってるのですから。
『プロジェクトA』(84年)あたりから、あくまで"ジャッキー・チェン"を見せることを前提に香港映画の枠から飛出し、独自の映画創りを進めていったジャッキーと、あくまで香港の観客が楽しめる娯楽作を目指しつつ、映画界の底上げを図ったサモ。おのずと監督作の作風に違いが出てくるのは当然です。
『五福星』(83年)を始めとする"福星(ラッキースター)シリーズ"でも、実は東映で配給公開された際、数シーンがカットされてます。それはいずれもジャッキーが登場しないサモたち5人組のドタバタなからみなんですね。しかし、実はジャッキー目当ての日本の観客たちがもっともカッたるく感じるその場面こそ、香港人たちが一番手をたたいて喜ぶところなんです。無論そこには娯楽映画としてのトータルバランスを意識したサモの演出意図がはっきり見て取れます。つまり、ジャッキーよりサモの方がより純粋な映像作家志向なんですよね。
とはいえ、作家志向とはいえ、サモはその部分の演出にかんしては、決して巧くないんですね。そこがサモ監督の味といえばそうでなんですが、やっぱり目ざとい日本の観客たちに見抜かれてしまうのが、残念なところです。
例えば、『ファースト・ミッション』(85年)。サモがアクション映画にドラマ性と泣きのドラマによる"感動"を持ち込もうとした野心作です。確かにジャッキー主演作としては珍しいエピローグが付くなど、従来の作品からは一歩進んだ作風が垣間見られます。
監督も兼ねたサモはさすがに堂に入ってるものの、ジャッキーや孟海などは、号泣する場面でも機械的で不自然な動作で、いわば完全な"型"になっちゃってるんですね。おそらくサモは、エモーショナルな芝居ではなく、アクションを演出する時のように動作重視で演出してしまったんでしょう。とはいえ、ジャッキーたちも内面的な表現よりも形から入っていった方が演じやすかった面はあったと思います。
そういう訳で、この『ファースト・ミッション』は、アクション描写や物語自体は秀逸なんですけど、それ以外の不自然さが目立つ演技が際立ったために、日本公開版は何とも不思議なテイストの作品に仕上がっていました。
とはいえ、これ以降も独立独歩で"成龍作品"を構築していったジャッキーに対し、サモは多くの映画人との交流のなかで、さまざまなジャンルの映画を制作し、監督し、自らもアクション抜きの作品にチャレンジするなど、俳優として、そして映画人としての幅を広げようとする動きも見せます。
そして、1987年の『イースタン・コンドル』の失敗から、サモの香港映画界での求心力は急速に衰えていくのですが、その分俳優の仕事に徹することができるようになったのも事実で、そのなりふりかなわぬ仕事振りが、さらにサモの役者としての充実ぶりに拍車をかけ、香港返還を経て最終的にはハリウッドへの進出につながっていったのですから、面白いものです。
※本稿は、2010年8月に寄稿した旧外部ブログの内容に加筆・修正を加えたものです。