無敵最強KAWAIIガールズ
地下鉄のプラットホーム。
そこに突如、巨大な物体が降臨した。
ズン、ズン、ズン、ズン、ズン、ズン
第196地区の作業員であるケイスケは、仕事からの帰宅途中、電車から降りた直後にその物体に遭遇した。
物体は高さ8メートル、奥行き4メートルほどの立方体。そこから、絶え間なく振動が起こっている。
そんな異常事態にも関わらず、あの物体を気に留めている人は他にはいない。灰色の作業服を着た人々は、等間隔に並び、生気の無い表情で決められたルールのとおり電車から降りると、物体を通り過ぎようとする。
唯一ケイスケだけが、呆然とその巨体を見上げていた。
ズン、ズン、ズン、ズン、ズン、ズン
物体から絶え間なく放たれる振動が、ケイスケの身体を内側から殴りつけるように響く。
これは……音? 重低音というやつだろうか。ケイスケは労働で磨耗した頭脳でそう考える。
ケイスケは今まで、これほど巨大な音を浴びたことが無いため、これが本当に音であるのか判別が付かない。
巨大な物体の前面は格子状になっており、振動はそこから発生しているようだ。
どうやらこの物体は………巨大なスピーカーだ。
「みんなーーーーーー! 今日も集まってる~~~~~~!!!!?」
耳が痛くなるほどの爆音で放たれた声。
巨大物体を無視して通り過ぎようとしていた人々も驚愕し、否応なしに振り返る。
発生源である巨大な立方体の頂上には、3人の少女が立っている。
3人はそれぞれ特徴的なポーズをとっており、ただの通行人ではないことは明らかだ。
「『KAWAII』のゲリラライブ、やっていくよーーーーーー!!!!」
逆光でシルエットしか分からなかった3人の姿が、足元からのライトで浮かび上がる。
それと同時に、赤や黄色、マゼンタやターコイズといった極彩色の光が溢れ出し、青一色に染められた壁や天井をそれぞれ染め替え、ランダムに動き回る。
デッ!デッ!デッ!デッ!デデデデッ!デーーーーンッ!
デッ!デッ!デッ!デデデッ!デデデデッ!デーーーーンッ!
全身に叩きつけるかのような音の波。チープな電子音を合成した知性の欠片も無い音階が、ケイスケの股間から脳天までを、シビれるように突き抜けた。
「イヤッホーーーーーーーーーーッ!!!」
3人は装置から大きくジャンプすると、地面まで一気に降りる。着地すると、間髪入れずに歌い始める。
歌。そう、あれは歌だ。
ケイスケは、歌というものを、初めて聞いた。
「”あぁアナタに会いたいなって今日も思うんだ♪”」
3人の少女の向かって右側。褐色肌、白に近いブロンドの長髪、切れ長の目に緑の瞳。前を大きく開きへその上で縛ったシャツに、異常に短いホットパンツ姿。
「”パッフィー!”」
パッフィーにスポットライトが当たると、彼女はポーズをとる。
「”キミに出会ってから、毎日がキラキラ輝いているよ♪”」
向かって左側。黒髪の内側だけが水色になるように染めたインナーカラーのボブカット。ブラウンの瞳。皮製のボディラインが出るぴっちりとした上下に、網タイツ。
「”ロマンス”!」
ロマンスにスポトッライトが当たると、彼女も同じくポーズをとる。
「"けれど、アナタには私の想い、届かないこと知ってるよ♪"
"こんなに辛いなら、アナタのことなんて知らなきゃ良かったのに♪"」
3人の真ん中。薄いピンク色の肌に、明るいピンク色の髪。金色の瞳。薄いシースルーのシャツから透けるビキニ、ニーソックスといった扇情的な服装。
「”プッシー”!」
プッシーにもスポットライトが当たり、ポーズを取る。三人はくるりと一回転すると、その勢いのまま両腕両足をキレのある動きで振る。これは、ダンスだ。
「"それでもいつも、アナタのことしか考えられないよ♪"」
あまりのことに、始めのうちは呆気に取られていた通行人たちの表情も、次第に好意的なものとなっていく。
いつの間にかケイスケは、人垣をかき分け、最前列、彼女たちが踊るすぐ側にまで進み出ていた。
「"いつか必ず私のこの想い、届けに行くからそれまで待っててね♪"」
音の圧が高まっていく。いつしかざわめきは、喧騒へ。喧騒は、歓声へと変わっていく。
人々は彼女たちの動きに合わせて手を振り上げる。
「Mighty Of The "KAWAII"!!!!!!」
最高の盛り上がり。最前列で歓声を上げてるケイスケには、生まれ始めての感情が芽生えていた。その感情が、なんと言う名前なのか、ケイスケには分からなかった。ただ、胸が熱く心臓は早鐘を打っている。
瞬間、振動。
音楽の爆音をかき消すほどの、さらなる爆音。どうやらKAWAIIの演出では無いようだ。彼女たちも困惑している。
せっかく最高の気分だったところに水を差されたケイスケは、憮然として周囲を見渡す。
しかし、それどころではない。いつの間にか周囲を灰色の装甲車が取り囲んでいる。激しい警告音。装甲車からは、次々とマシンガンタートルやバズーカドローンといった無人機が降り、KAWAIIガールズやその周りの群衆を取り囲んでいく。
どうやら、娯楽管理局の警邏隊が駆けつけたようだ。
「娯楽汚染度Ⅳ、除染します」
管理局隊員はそう告げると、最前列で『KAWAII』へ歓声を上げていた群集へ向け、無人機たちの銃口を向ける。
最前列にいた男性は咄嗟にやめてくれ!と手を前に突き出すが、そんなものではどうしようもない。マシンガンタートルの銃弾は掌を貫通し、脳天を貫通するだろう。
「やめなさい!」
それを制止したのは、プッシーだった。
プッシーは銃弾を放つマシンガンタートルへ跳び蹴りを食らわせた。
間一髪、狙われていた男性への弾丸は逸れ、ガマシンガンタートルは転がって行く。
「せっかく私たちのファンになってくれたのに……こんなこと、許せない! お願い、パッフィー!」
「まかせて☆」
パッフィーは両手を真上に掲げ大きく開き、目と口を大きく開ける。
その瞳が上を向き、白目をむくようにまぶたの裏に隠れると───目玉が裏返る。
裏返った目玉の裏側には、4本の長い鉄の筒がそれぞれくっついている。
ガトリング砲だ。
口では、舌が引っ込んだかと思うと、そこから同じくガトリング砲が伸びる。腕も裏返り、ガトリング砲になる。
合計5門。
ガトリング砲がそれぞれ高速回転すると、秒間数千発の金属の星が豪雨のように放たれる。
ものすごい轟音。パッフィーから放たれた鉄の星が、マシンガンタートルたちに着弾する。
この豪雨の前では、彼らの防弾装備など障子同然だ。パッフィーの前にいたマシンガンタートルは、あっという間に全てスクラップになった。
ガトリング砲の掃射により出来た包囲網のほころびに、ロマンスが躍り出る。
ロマンスが懐から取り出したのは、二つの黒い鉄球。それを振るとウニのように無数のトゲが放射状に生える。ロマンスはそのウニを長い鎖で棒に繋ぐ。
それは、いわゆるモーニングスターと呼ばれる武器だ。
ロマンスが鎖を高速回転させると、その先端のトゲ付き鉄拳も当然高速で回転する。
ギュルギュルギュルギュルギュルギュル!
ものすごい轟音。
音からその鉄球はとてつもない重量があることが分かるが、ロマンスはそれを軽々と振り回し、ゴム玉かのように地面や壁や、管理局の身体にぶつけ跳ね回す。
管理局の隊員は悲鳴を上げる間もなく、地面に落とした水風船のように次々と破裂していく。
「重機駆動車!!」
とんでもないことになった。たかだか娯楽汚染の除染作業のために、治管理局のやつらは戦車すら投入する気か。
隊列の後方から、戦車が来る。存在は知っていたが、実際に動くところを見るのは初めてだ。
あんなものに勝てる人間はいないと確信できる、威圧感と重量感。
しかし、KAWAIIガールズは全く動じることはない。
「みんなの応援が、期待が、私のチカラになるっ!」
カシィィィィイイイイイイン!!
プッシーが鞘の側面を親指で弾くと、留め具が外れ、ギミックが作動する。
鞘の内部は特殊な構造となっており、抜刀の際の摩擦により、刀身は超高温に加熱される。プッシーの刀の刀身は赤く輝き、プラズマ化している。しかし、重テングスタン鋼製の刀身はその硬度を落とすことはない。
プッシーは、脚を左右に思いきり、肩幅の倍も開き、腰を深く落とす。赤熱する刀を掲げ、頭の上に構える。
「ラブ!注入!!!」
プッシーが刀を上段から一直線に唐竹割りを振り下ろす。刀身は、戦車の上を何の抵抗も無いかのごとく通り抜ける。まるで、豆腐に箸を入れているかのようだ。戦車は、中の乗組員ごと真っ二つに両断された。
あっという間の出来事だった。
数十人はいた管理局の完全武装した男たちは、全滅した。
それを確認すると、KAWAIIガールズたちは巨大なスピーカーに乗り込む。
巨大スピーカーはその場で高速回転し始める。
「みんなーーーーー!今日は私たちのライブ、楽しんでくれた? またいつか来るから、そのときもよろしくね☆」
巨大なスピーカーは、猛烈な勢いで浮かび上がると、駅の天井からそのまま外へ消えていった。
◆◆◆
自室から窓から外を見下ろす。
きっちり60階建ての居住用のビルが等間隔に立ち並ぶ。ビル同士を繋ぐ交通手段はない。あるのは、地下に降り地下鉄に乗るための階段とエレベーターだけだ。自分の居住地ではないビルに入ると、その場で処分の対象になる。
あの衝撃的な一日から一ヶ月ほどが経った。ぼくの脳裏には、彼女たちの"ライブ"がこびりついて離れない。
完全武装した軍人の部隊や戦車を易々と壊滅させたこともそうだが、それ以上に、彼女たちを見たときに湧き上がったあの感情。その正体が知りたかった。
「……うん、いい出来だ」
ぼくの名前はケイスケ・四六九八番。
196地区の高カロリーチューブを製作する作業に従事している。まだ教育機関を卒業して3年。
毎朝9時に起床、工場へエレベーターと地下鉄を乗り継ぎ向かい、実働12時間働くと帰宅。そして就寝。
それ以外の行動は、この国では処分の対象となる。
睡眠時間と設定された8時間以外に、ぼくたちに自由になる時間は無い。
"趣味"に時間を使うためには、睡眠を削るしかないのだ。
ぼくは、いつもはベッドの下に隠してる衣装を身に着ける。
生きるためには全く不要なフリルや飾りがふんだんに施された服。いつも着ている灰色の作業服とは色合いも見栄えも全く違う。
うん、決めた。今日はこの服にしよう。
こういう……なんていうか、心がときめく服を着て作業すると、効率が良くなる。
この国個人に許された部屋の広さは、一律8平方メートルまでだ。そこに、簡単な机とベット。全て薄い青色と灰色で統一された色彩。落ち着きはするが、楽しくなることも無い。
ビル同士に遮られ、窓から光が差し込むことも無い。
作業とは、音楽を作ることだ。
連絡用に国民全員に支給されている携帯端末。古くなり廃棄されるはずのそれをこっそりと持ち帰り、キータッチ音やスピーカーを利用して、簡単な楽器にする。
音源が僅かなため、出来る音楽もとても稚拙なものだ。
けれど、ぼくはこの作業がやめられない。睡眠時間を削ってでも、毎日没頭してしまう。
今日は、この前見た『KAWAII』の衝撃的なライブのときの感情を元に作った音楽がいよいよ完成した。
ぼくは、音楽を録音すると、連絡用の交流用端末を機動。
その、今は使われていない交流用のスペースへ、秘密の暗号と共に今日の動画をアップロードする。
これは数時間で消えてしまうが、その分管理局の目にはつきにくい。
いつも、この瞬間がドキドキする。送信する手が震える。
アップロード完了。すると、誰かにDLされた回数を表示するカウンターが増え始める。
何度も更新を繰り返し、DLカウンタが増えるのを見て、一人でほくそ笑む。
『いつもDLさせていただいています、今回も良かったです』
『最高でした、またお願いします』
『貴方の音楽が、生きる希望です』
大げさな、お褒めのコメントが送られてくる。
良かった、嬉しい。
狭い窓から外を見る。冷たい、規則的な建物が並んでいるだけだ。けど、そこの中には、暖かい血の通った人間が確かに住んでいる。その事実が、胸にじわりと広がった。
「ん、なんだろうこれは」
ぼくの携帯端末に、知らない番号の相手からメッセージが来ている。
「警告……?」
嫌な予感。
『娯楽汚染Ⅶを検知。除染作業を中継』
冷や汗が出る。嫌な予感に、全身が硬直する。
しかし、ぼくが操作するしないと関係なく、携帯端末は映像を開始する。
映し出されたのは、どこかの部屋。ぼくの部屋ではないようだが、ぼくと同じぐらいの年齢の男性が携帯端末を操作している。
流れ始めたのは……ぼくの、先ほどアップロードした、音楽。
次の瞬間、映像の男性は、頭を撃ち抜かれ、死んだ。
次の映像。若い女性。頭を撃ち抜かれ、死んだ。次の映像。中年の男性。頭を撃ち抜かれ、死んだ。次の映像。学生の少女。頭を撃ち抜かれ、死んだ。次の映像。男性。頭を撃ち抜かれ、死んだ。
「やめろ……やめてくれ!」
ぼくは声の限り叫ぶ。だが、管理局のやつらにそんなもの、意味があるはずがない。
彼らは、ぼくの動画をDLした人々を、次々と撃ち殺していく。
ただ、ぼくの動画を見ただけの人々を。
ぼくの動画をDLした人はこの町だけではない、この国の広い範囲にいたはずだ。それを、特定次第次々と正確に撃ち殺すなんて、誰がどこから撃っているんだ。
「娯楽による汚染は、すぐに侵食していく」
画面が切り替わり、管理局の男が映し出される。
「除染するしかない」
画面の先の男は、機械的にそう言う。
彼が持つトリガーに指がかかる。ぼくも殺されるのだろう。
その時、ぼくは確かに見た。絶望にゆがむぼくの顔を見て、喜悦を滲ませる大男の表情を。
「やめなさい!!!!」
ぼくの周囲に赤い線が走ったかと思うと、猛烈な轟音。
じゅうじゅうと焦げ臭い匂い。
そこに立っていたのは、KAWAIIガールズ。センター。プッシー!
「あ、貴女は……この前の……プッシー……? ど、どうして、ここに……?」
「いやーん!やっぱり可愛い〜」
プッシーはぼくの姿を見ると、目をキラキラさせて、両腕を顔の前で組みくねくねとした。
「あの、前から疑問だったんですけど……その『かわいい』って、なんですか?」
ぼくは、突然いろいろな事が起きすぎてしまったせいでパニックに陥り、そんなことを聞いてしまう。今はそれどころではないのに。
「可愛いってのはね、ずっと昔、まだ娯楽が誰にでも許されてた頃の言葉だよっ!今は、最強で、無敵で、キラキラして、ワクワクして、ほっこりして……みんながニコニコしちゃうってこと!」
プッシーは、大きく身振り手振りを交えて説明してくれる。正直なんだかよく分からなかった、複雑な概念なようだ。
腰が抜けて立てないぼくの肩に、誰かの手が置かれた。
「あ、貴女は……」
「よぅ、俺様のことはロマンスって呼んでくれ」
いつの間にかぼくを取り囲むように、KAWAIIガールズの3人が立っていた。ロマンスはぼくの肩に手を置いたまま、足の先から頭の頂点までじっくりと見ると、キシシと笑う。
「お前の歌、見たぜ」
ロマンスは唐突に切り出す。ぼくの歌を聴いた。その言葉に、最高速度の心拍数がさらに跳ね上がる。
「お前、俺たちの作詞と作曲やれよ」
【続く】