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2024年における半導体サプライチェーンへの5つの脅威
執筆者:マイケル・マリアーニ (Z2Data LLC)
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工場の操業停止や部品の生産終了(EOL)リスク、さらには気候変動がもたらす影響まで、半導体サプライチェーンの混乱は依然として深刻です。2024年、そしてそれ以降において最も重要なリスクとは何でしょうか?
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半導体産業は、世界でも最も複雑で多層的なサプライチェーンを持つ業界の一つです。この業界は、簡単には再現できない専門性や、立ち上げに数年の年月と莫大な投資を要する高度な製造施設、そしてアジア、北米、ヨーロッパにまたがるユニークな国際的な分業体制に依存しています。
調達のプロであれば誰もが知っているように、このようなサプライチェーンの複雑さには固有の脆弱性が伴います。そして、何かしらの混乱がその脆弱性を突いたとき、その影響は計り知れません。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、半導体サプライチェーンの脆弱性を浮き彫りにした出来事でした。感染拡大によって消費者の需要が急増した一方で、2020年から2021年にかけてアジアとヨーロッパで実施された大規模なロックダウンにより、労働力不足が深刻化し、半導体製造施設や組立工場が人手不足に悩まされることになったのです。
それだけでなく、その後も台湾での歴史的な干ばつやロシアによるウクライナ侵攻など、次々と新たな障害が発生し、半導体不足の問題をさらに長引かせました。ようやく2023年末には、世界の供給状況が安定を取り戻しましたが、これはあくまで問題が解消されたわけではありません。
今、私たちはパンデミック後の新しい時代に突入しています。この時代には、従来からの脅威とともに、より現代的で新たなリスクが存在しているのです。2024年以降、半導体サプライチェーンに影響を与える要因として、気候変動による極端な天候、変化する地政学的な状況とそれに伴う規制、そしてたった一つの事故や施設の停止が生産を大きく左右するリスクが挙げられます。
パンデミック後の新しい時代に突入し、この時代には、従来からの脅威とともに、より現代的で新たなリスクが存在している
1.世界中の重要拠点を襲う自然災害
従来、調達の専門家は自然災害を半導体サプライチェーンに対する最大の脅威とは捉えていませんでした。しかし、近年の気候変動や異常気象が、彼らの常識を覆し、リスクの優先順位を再評価するきっかけとなっています。
国連防災機関(UNDRR)の「第6回世界防災報告書」によると、大規模な自然災害の頻度は急速に増加しており、その深刻さは否定できないものになっています。1970年から2000年までの間、年間90件から100件の「大規模災害」が発生していましたが、その後の20年間では350件から500件にまで増加。そして2030年には年間560件に達する可能性があると予測されています。
UNDRRは、地震、津波、異常気象を含むこれらの自然災害は、2030年までに年間560件に増加する可能性があると予測
すでに、このような自然災害や異常気象が半導体サプライチェーンに大きな影響を与えています。近年、台湾では相次ぐ深刻な干ばつにより、TSMCが1日あたり約15万トンの水を使用する中、工場の停止を避けるために水をトラックで運搬するなど、必死の対策を講じる必要がありました。2022年には、台中市に自社の水処理施設を開設し、国の水制限を補う努力もしています。
2021年のマレーシアでの台風や、最近の日本と台湾で発生した地震など、半導体産業が依存する主要な運用ボトルネックに打撃を与える気候関連の事例は他にも数多く存在します。こうした災害の脅威を長年軽視していた業界の幹部たちも、今ではその影響力の大きさをようやく認識し始めています。2023年に国際的な保険会社WTWが大手半導体企業のCEOや幹部を対象に行った調査では、回答者の半数以上が気候変動や環境要因を「サプライチェーンリスクに最も大きな影響を与える世界的なトレンド」の一つとして挙げています。
2.生産終了(EOL)リスク
現在、半導体サプライチェーンに影響を与えているリスクの多くは、貿易摩擦の激化や異常気象の頻発など、近年出現した問題です。しかし、部品の生産終了(EOL)リスクは、業界の創設当初から常に存在している課題です。半導体産業が1950年代や60年代に台頭して以来、電子部品の生産終了(EOL)は繰り返されてきましたが、ここ数十年でそのライフサイクルは短くなっています。
消費者や電子機器メーカ、そして顧客企業が、より高度な技術を求める一方で、主要なチップメーカ間の競争も激化しており、次々と新しい世代の半導体が登場しています。その結果、半導体の各世代の寿命は短縮されてきました。たとえば、1970年代には、半導体の平均的なライフサイクルは約30年とされていましたが、2014年にはわずか10年程度にまで短縮されています。このライフサイクルの短縮に伴い、部品の部品の生産終了(EOL)通知が増加し、サプライヤからの供給停止が相次いでいます。
Z2Dataの「2024年 半導体・電子部品の生産終了(EOL)動向レポート」によると、2023年には約47万4000個の部品がEOLを迎えました。これは確かに大きな数字ですが、パンデミック期に比べると減少しています。(2021年と2022年には、それぞれ52万9000個と75万6000個の部品がEOLを迎えています。)
生産終了通知に対して製造の柔軟性を維持したいと考える調達や購買の担当者は、いくつかのリスク軽減策を講じる必要があります。これには、複数のサプライヤーを確保する、重要な部品のライフサイクルを予測する、そして生産終了の傾向を深く理解することが含まれます。私たちのレポートでは、マイクロコントローラやDRAMなど、特定の部品における生産終了の傾向についても詳しく分析しています。
毎年何十万もの電子部品が生産終了を迎えるという事実は、業界外の人々にとっては驚きかもしれません。しかし、これは革新と進歩を続けるダイナミックな業界の特徴ともいえるでしょう。戦略的な調達を行うにあたって、事業の継続を維持し、コストのかかる生産遅延や製品設計の見直しを回避するためには、リスク管理のための適切な対策が必須なのです。
3.工場の稼働停止
半導体業界は、製造施設が常に稼働し続けることに大きく依存しています。ファウンドリ、パッケージング施設、IC組立工場など、どれか一つでも生産が停止すると、その影響はサプライチェーン全体に波及します。そのため、工場の稼働停止は、チップメーカにとって最も重大な障害の一つといえます。
工場での火災は、工場の稼働停止を引き起こす最も一般的な原因の一つ
特に工場での火災は、これらの稼働停止を引き起こす最も一般的な原因の一つです。半導体製造プロセスでは、可燃性のプラスチックや爆発性の化学物質を使用するため、火災のリスクが常に高い状態にあります。また、これらの施設では高電圧の電力を常時使用しているため、さらにリスクが増すのです。ここ数年でも、ルネサスエレクトロニクスやASML、中国無錫のWelnewといった企業の工場で起こった火災が、生産に大きな打撃を与え、半導体、電子機器、自動車産業全体にまで波及する供給チェーンの混乱を引き起こしました。
ここ数年、ルネサスエレクトロニクス、ASML、中国無錫のWelnewが所有する工場で大規模な火災が発生し、生産に支障をきたすとともに、半導体、電子機器、自動車業界全体に波及する大規模なサプライチェーンの混乱引き起こした
ただし、火災が最も注目されがちですが、工場の稼働停止を引き起こす原因はそれだけではありません。ストライキ、現場での事故、労働者の不足なども、工場の一時的な稼働停止につながることがあります。
4.輸送ルートの脆弱性
世界の貿易の約90%は海上輸送によって行われています。この膨大な割合は、世界経済が河川や運河、海洋といった海上輸送網に大きく依存していることを示しています。しかし、こうした広大な海上輸送網にもかかわらず、海運業界は世界中の限られた数カ所の重要な海域に大きく依存しているのです。そして、現在、気候変動による自然災害や多国間の武力紛争が絶え間なく続く中で、これらの海上輸送のボトルネックはますます脆弱になっています。
現在進行中の紅海危機は、この脆弱性を鮮明に浮き彫りにしています。紅海は世界で最も繁忙な貿易ルートの一つであり、すべてのコンテナ輸送の20%、世界の貿易全体の10%がこの狭く長い海域を通過しています。
2023年秋にイスラエルがガザ地区に侵攻した後、イラン支援のフーシ派反乱軍が紅海を航行する商船を標的に攻撃を始めました。あるワシントンD.C.のシンクタンクは、この事例を「非国家勢力が非対称戦争を行い、通常の武力だけでなく、国際的な商船を選別的に攻撃することで経済制裁を課す前例のない例」と評しました。
こうした即興的な海上攻撃は、海上貿易に深刻な影響を与えています。戦略国際問題研究所(CSIS)によると、2024年にスエズ運河を通過する船舶の交通量は40%減少しています。一方で、紅海を迂回して喜望峰を通る船舶の通過数は、今年に入って70%も増加しています。この数か月間の貿易の混乱は、輸送時間の延長、燃料費や輸送費の増加を引き起こしており、そのコストの多くは世界中の消費者に転嫁される可能性が高いとされています。
半導体製造業においては、サプライチェーンが広範囲にわたり、複数の大陸を跨ぐ資材や部品、設備の安定した流通に依存しています。そのため、重要な海上輸送路が長期間にわたって混乱すると、コストが急上昇し、生産にも悪影響を及ぼします。
戦略国際問題研究所(CSIS)によると、2024年にスエズ運河を通過する船舶の交通量は40%減少している
半導体製造業においては、サプライチェーンが広範囲にわたり、複数の大陸を跨ぐ資材や部品、設備の安定した流通に依存しています。そのため、重要な海上輸送路が長期間にわたって混乱すると、コストが急上昇し、生産にも悪影響を及ぼします。
広大なサプライチェーンと複数の大陸にまたがる材料や部品、装置の安定した流れに依存する半導体製造業にとって、重要な海上交通が長期にわたって途絶えると、コストが上昇し、生産に悪影響を及ぼす可能性がある。市場規模が大きく、多くの基幹産業にとって重要であるにもかかわらず、チップメーカーは、水路を妨害し国際貿易を妨害する可能性のある紛争、干ばつ、物流の障害に対して非常に脆弱である
5.貿易戦争、経済制裁、輸出規制
アメリカと中国の間で繰り広げられている「半導体戦争」は、2020年から続く激しい対立であり、両国の経済、軍事、技術進展に多大な影響を与えています。この複雑で多面的な貿易紛争は、今後数十年にわたり世界の地政学的な重心を決定づける重要な要素になるかもしれません。しかし、この対立が半導体業界自体にどのような影響を及ぼしているかについては、あまり語られていません。
特に、アメリカの輸出規制や経済制裁は、すでに米国の半導体企業にとって製造業務の大きな障害となっています。例えば、米国のメモリチップメーカであるマイクロン・テクノロジーは、この貿易摩擦によって両国から大きな打撃を受けています。アメリカの輸出規制に加えて、2023年には中国政府がインフラ関連企業に対し、マイクロン製品の使用を禁止する制裁を課しました。マイクロンは、この制裁によって「総売上の一桁台後半の割合に影響が出る可能性がある」と発表しています。
このような規制や制裁の長期的な影響が完全に明らかになるまでにはまだ時間がかかりますが、すでに米国の主要な半導体企業、NvidiaやIntel、AMDなどに対しては大きな圧力がかかっている状況です。
6.新たな混乱要因
半導体業界は、新型コロナウイルスによる壊滅的な半導体不足や、それに続く一連の危機からようやく立ち直りつつありますが、業界のサプライチェーンが以前の状態に戻ることはないという認識が広がりつつあります。2020年代は、あまりにも多くの解決が難しい問題や予測できない要因、そして強力な影響を与える要素に満ちています。これらの要因は、工場の稼働停止やリードタイムの延長、サプライチェーン全体の不安定化を引き起こす可能性のある重要な障害です。
半導体業界は、新型コロナウイルスによる壊滅的な半導体不足や、それに続く一連の危機から立ち直りつつあるが、業界のサプライチェーンが以前の状態に戻ることはないという認識が広がり始めている
現在のように混沌とし、変化が激しいサプライチェーンにおいて、障害を一時的な問題として捉え、その都度対処するという姿勢は通用しません。障害は、むしろ日常的なリスクとして理解するべきものです。今日の混乱は、台風や新たな経済制裁、地政学的な不安定さによって生じるボトルネックなど、いつ現れてもおかしくない潜在的な問題の集まりだと言えます。複雑な課題が山積する不安定な世界において、半導体業界はリスクに常にさらされているのです。
Z2Dataのソリューション
Z2Dataの統合プラットフォームは、データを活用した包括的なサプライチェーンリスク管理ソリューションです。このプラットフォームは、エンジニアリング、調達、サプライチェーン管理、コンプライアンス管理、ESG戦略、経営陣に必要なデータインテリジェンスを提供し、グローバルな市場の変動に対応しながら、迅速に戦略的な意思決定を行うことを可能にします。これにより、サプライチェーンのリスクを管理し、回復力と事業の持続性を企業の運営DNAに組み込むことができます。
Z2Dataたちの独自技術は、人間の知識とAI(人工知能)を組み合わせることで、重要なデータ、影響力のある分析、市場からのインサイトを提供します。この柔軟なプラットフォームは、コラボレーションツールも内蔵しており、企業のワークフローにシームレスに統合できるよう設計されています。
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株式会社KUMU Works | コーポレートサイト
*本記事はZ2Data LLCが作成した”The Five Biggest Disruptions to the Semiconductor Supply Chain in 2024”(https://www.z2data.com/insights/5-disruptions-to-the-semiconductor-industry)を、株式会社KUMU Worksが許可を得て翻訳したものである。 言語の違いによるニュアンスの違いがある場合があり、著者・翻訳者は翻訳の誤りについて責任を負わない。