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初夢がずっとつきまとう

昨年のベスト・オブ・バイはベットパッドだった。
寄る年波に勝てず、ここ最近は朝寝坊できなくなっていた。
休日どんなに寝坊しようとしても、体が痛くて目覚めてしまう。
しかし夏の旅行で泊まった宿で、なんと12時間も寝てしまった。
これは一体どういうことだ。トシのせいではないかもしれぬ。
ということで調べて購入したのがマンチェスターユナイテッド御用達のベットパッドだった。
なんという快眠!眠ることの快楽!人生万歳!

2020
ということでこの正月はずっと寝て過ごした。
ほんとうによく寝た。雑煮を食べてる時以外は寝ていたのではないか。
懸案事項も今年の目標もなく、頭空っぽにしてひたすら寝た。

すると、とんでもなくめまぐるしい夢をいっぱい見ることになった。

年明けて最初の夢は幸先のよいものだった。
美しい波の中を、クジラの赤ちゃんが泳いでいくのを並走して見ていた。
その赤ちゃんはよく見ると人間の女の子の顔をしており、透明な波の中で、長い髪をなびかせて泳いでいた。美しかった。

次の日は、ホテルかどこかのバックヤードを走りまわり、大晩餐会の運営を成し遂げる壮大なものだった。登場人物の数も大河ドラマなみで、絶妙なチームワークで走りきった。打ち上げはシェフのオンボードカメラ映像を見ながら飲んでみんなで話した。目覚めたらどっと疲れていた。

さらに次の日は、禍々しい夢を見てしまった。
手のひらに乗るくらいの小さい双子を出産し、うっかりして冷たくなっており、湯煎をしてあたためたがだめで、恐ろしさに震えながら産婦人科の担当医に見せにゆくと、彼はちょうどランチどきで大量の水餃子を湯がいていたが手を止めて診察してくれた。
「ごらんなさい、これはコウモリです。仕方がありませんね」
そう言って小さく枯れた白菜のような羽根を広げて見せた。

ああ、コウモリ産んで死なせてしまった・・・・

どん底の気分で目覚めて思い返すと、その夢の元ネタが思い当たった。

なんとなく眺めていたテレビで、マツコと宇多田ヒカルがしゃべっていた。マツコは宇多田ヒカルに

「女の子産んでほしいわ」

と言った。
彼女が産んだのは男児だ。
そうではなく、女の子を産んでほしいというのは
彼女の母との「物語」を、次世代に再生産させてみたいということか。
“ 物凄い才能がさらなるバケモノを産んでしまう苦悩 ”
みたいな勝手な「物語」をリングサイドで見物したいと
本人に直接、言うんだ
ちょっとびっくりしたのだった。

わたしは男児を産んだ。
妊娠したのが男児だと知って、ほっとした。
それでも、できない自分を子供に重ねて見てしまって
執拗に怒ったり矯正しようとした時期もあって苦しんだ。
異性だというわからなさから、今はもう彼を個として見られるようになった。もし娘だったら、その苦しさはもう少し長く続いたのではないかと思う。数年前、二人目を迷って悩んだのはそこだった。忘れていたはずだったのに。わたしは娘を産んでやれなかった。

そして新年早々ツイッターのタイムラインに流れてきたコメントが
「彼女は殺そうとしたんじゃないのに」
その元ニュースは見ていないが、若い母親が自宅で出産後、ベビー服を着せた新生児を残して働きに出かけ、死なせてしまったのだと。

なんという、悲しい、
十代の女の子が、一人で産まなくてはいけなくて、新生児の扱いを教えてくれる人がいなくて、産後すぐ働かなくては食っていけなくて。

その悲しみを産んでしまった。
死なせてしまった恐ろしさを、夢で弔うつもりだったのだろうか。

双子がコウモリだったのは、宇多田ヒカルのハロウィンの衣装がコウモリだったからだろう。無茶苦茶だ。

産むって歓びであるし、悲しみでもあるな。
生まれることと、死ぬことと、その間で生きてることと
思うようにならないな。
夢がずっとこびりついてるような、
ざわざわした感じが今もまだ残っている。
それは忘れてしまうかもしれないけど
抱えつづけて生きていくんだろう。そういう夢解きなんだろう。


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