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愛すべき傍観者「おろち」

「楳図かずおさん」

僕は子どもの頃に楳図かずおさんの「へび少女(1966年~)」「赤んぼう少女(1967年~)」などをチラ読みしたことがありますが、全編を読み通したことがありませんでした。何故なら、残念ながら僕の妹は少女漫画を読むことがなかったんです。楳図さんのほとんどの作品は少女漫画雑誌に連載された作品ですからね。ですから恥ずかしながら僕がたまに買ってきて、断片的に読むんです。

「ウルトラマン」の放送が始まって、ほとんど同時に連載が始まった「ウルトラマン(1966年~)は、読みました。これが不思議なことに「ぼくら」と「少年マガジン」に同時連載されたんです。ぼくらの方は一峰大二先生、少年マガジンは楳図さんが描いていました。ぼくらも少年マガジンも発行元は講談社です。今では小児向けの雑誌に同じキャラクターの漫画連載ってのは当たり前のことですがね。当時は珍しかったんですよ。

楳図さんは「バルタン星人」や「メフィラス星人」、「謎の恐竜基地」(ゴジラの着ぐるみにえりまきを着けた怪獣ジラースが登場します)に「彗星ツイフォン」(レッドキングが登場します)などを描いています。白眉なのは「ミイラ怪獣ドドンゴ」です。楳図さんの怪奇嗜好が強く出ていたと記憶しています。

そのうち「少年サンデー」や「少年画報」などで、この「おろち」や「猫目小僧(1968年)」などの連載が始まりました。やっと堂々と読めるようになりましたが、その後に「漂流教室(1972年~)」や「まことちゃん(1976年~)」がヒットしました。でも、まことちゃんは肌に合わなかったんです。“あの絵”で超高揚(ハイテンション)ギャグ漫画ってのが異様な感じがしたのですね。申し訳ないのですが、今でも面白いとは思えません。

そういえば、だいぶ前に小学館クリエイティブから復刻された「少年探偵・岬一郎短編集」と「姿なき招待」を持っています。他にも同社からは、貸本雑誌時代の楳図さんの漫画が復刻されています。

「おろち」


さて、ここで取り上げたいのは「おろち」です。1969年から1970年まで少年サンデーに連載された作品です。全体的に異様な雰囲気を醸し出している(描線のせいもありますがね)楳図漫画の中でも異色の作品です。

この物語に登場するのは恐ろしい妖怪ではありません。あくまでも普通の人間たちです。ここに描かれているのは人間の怖さなんです。

主人公は、永遠に美少女のままの「おろち」なんですが、彼女が物語の中で活躍することは、ほとんどありません。彼女は出逢った人間(興味を抱いた人間)を観察するだけの傍観者(狂言回し)なのです。物語の主を成す人物が危なくなっても助けたりしません。ただただ傍観に徹しているのです。この作品はそこが面白いのです。ちなみに「血(2008年に実写映画化された原作です)」と「骨」だけは、おろちが関わっています。

考えれば、僕たちが生活しているこの社会も同じです。日本には1.258億人の人がいるのに、80年生きるとして、その間に関わり合うのはほんの一握りです。密に関わる家族や親族、友人以外に対する対応は、皆、傍観することになります。街ですれ違う他人の生活に介入したりしません。政治家に、俳優や歌手といった芸能人に、メディアに取り上げられる有名人たちが何か事件を起しても「バカだなぁ」「可哀想に」「羨ましいなぁ」なんて所詮は他人事です。隣近所で不幸な事件が起きても同じです。傍観するしかないのです。

身近で小さな事件が起きても、たいていは見て見ぬ振りをしたりするのが日常です。善意から手を差し伸べることはあったとしても、瞬間的なことです。楳図さんの「おろち」は、そういうことを描いているのだと思います。

おろち「血」の最後に、おろちが呟きます。

「行きずりの人が…少女の去りゆく姿を見たという。だが、あなたは、あなたのうしろで見守るおろちを知らない…。そして去って行ったことも知らない」

現在、六本木の東京シティビューで、「楳図かずお代美術展」が開催中です。行ってみたいけどなぁ。


「おろちの実写映画」

「おろち」は2007年に実写映画化されています。「リング0バースディ」や「予言」を監督した鶴田法男さんの作品です。おろちは谷村美月さんが演じました。名家のお屋敷で起きる凄惨な事件の顛末が描かれていますが、二転三転する内容は、まるで悪夢を見ているようです。

名家のお屋敷での事件…。

あ、僕が子どもの頃(1968年)に観た「蛇娘と白髪魔」というモノクロ実写映画がありました。これも名家のお屋敷での物語でした。監督は昭和ガメラシリーズの湯浅憲明さん。これは怖かった。主人公の小百合を演じるのは「河童の三平」にも出演した村井八知栄さん、タマミを演じた高橋まゆみさんと、お母さん役の浜田ゆうこさんが怖かった。当時、原作となる楳図先生の作品に関してはわからなかったのですが、Wikipediaを参照すると「赤ん坊少女」「うろこの顔」「紅グモ」をベースとしているそうです。「赤んぼ少女」?

思い出しました。2008年に公開された「赤んぼ少女」も観ています。かみさんが好きな(若い頃はファンクラブにも入っていました)野口五郎さんが出演した実写作品で、「蛇娘と白髪魔」の内容に似ているなと思ったら、物語のベースは同じなんですね。監督は山口雄大さん。山口さんは荒唐無稽な漫画の実写化で有名ですね。

「楳図さんを見かけた話」

僕が東京の上落合で、ひとり暮らしをしていた25歳ぐらいのことです。当時は池袋西武百貨店や大塚にあった出版社の仕事をしていましたから高田馬場で地下鉄・東西線に乗り換えるのですが、そのホームで、楳図さんを見かけたことがあります。乗客が少ない時間帯で、楳図さんはホームのベンチに座って運動靴を箱から出して履いていたんです。足に合わないのか、首をかしげて「うーん」という声を出していました。その姿に親近感を感じました。おお、その時の僕は、まるで傍観するおろちのようではありませんか。

「あの時、声をかければ良かった」と今でも思います。運良く、そこで楳図さんと親しくなれれば、おろちのような傍観者から脱することができましたからね。





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