妄想邪馬台国「出雲に神の国あり」
「出雲に神の国あり」
松本清張さんは1972年に雑誌エコノミスト(7月4日号)に「日本の文化」という講演の模様が掲載されていました。それが2022年12月25日に中央公論社から発行された単行本「歴史をうがつ眼」に単行本初収録されました。以下に少し、そこから引用しています。
「出雲に邪馬台国があったというのは、まんざら捨てたもんじゃないよ」異能が言った。
「ありがとう。実はね、出雲に邪馬台国があったというのはどうでもいいのよ」
「え!」僕は驚いた。異能も治子も案外、いい加減なのだと再認識した。
治子はミニスカートの裾を直しながら立ち上がった。それを異能が興味深そうに凝視している。
「お前、いい加減にしろよ!そんなにパンツが見たいのなら、ホッレホレホレ」と言いながら異能に向ってミニスカートを少しだけまくって近づいていく。
「うひょほほほ!」異能が喜んで両手を頬に当てて喜んでいる。
『パーーン!』治子の右の手のひらが異能の左頬に激突した。異能はビンタの勢いで倒れ、また書棚にぶつかったと思ったら書棚からドタドタドタとたくさんの本が落下して、異能の上半身に降り積もった。
「あ!」治子が驚いて異能の上の本をどけながら、「異能くん、大げさだよ!」と言って口を尖らした。「でも、大丈夫?」心配しているようだ。何だかんだ言っても僕から見れば相思相愛にしか見えない。少しだけ羨ましい。
「ほら、出雲では年に1度の大イベントがあるじゃないの!」
「出雲で・・・夏祭りかい?」僕が言うと、
「稗田君は何も知らないのね。10月って和風の呼び方で何と言うの?」
「ふん、僕は異能くんと違って私立大学の商学部の学生なんだぜ。そんなの知るわきゃないじゃないか」
「あのね、小学生でも知ってることよ」
「はいはい、わかりました。何て言うの?」
僕のバカさ加減を再認識したのかあきれた表情で、
「神無月でしょうが!」
「か、かんなづき?」
「漢字ではこう書くんだよ」いつの間にか異能がコタツに戻っていた。
異能はコタツの上のノートの空欄に『神無月』と書いた。
「神無し月?」
「10月には日本全国の神々が出雲に集まるの。だから全国の神社には神がいなくなるのよ」
「ああ、だから神が無くなる月ってことか?」
「そうそう」
「出雲は、素戔嗚尊が降臨した地でしょ?」
「うん」
「素戔嗚尊の6世の孫である大国主命もね」
「うん、6世の孫って凄いね。薄い血だね」
「神さまだから血は濃いんじゃない?」
「100%トマトジュース?」
「あれは濃縮還元だよ」
「あひゃ、濃縮還元ってのはいいね、水で戻すんだから。6世の孫にぴったり」異能と治子が大笑い。治子は目に涙を浮かべて腹を抱えて笑っている。そんなに面白いか?
治子の笑いがおさまると、今度は神妙な顔で、
「だから出雲は天孫が降臨した聖地なのよ」と言った。落差が大きな奴だ。
「だから治子ちゃんは出雲が邪馬台国だったと言うんだろう?」
「そうそう、今、出雲大社がある場所にね」
「出雲大社に行ったことがないからわかんないな」僕が言うと、あきれた顔で治子が、
「島根県の東の海側にあるのよ。異能くん地図ある?」
「あるよ。よっこらしょっと」異能がコタツから出て北側の書棚に歩いて行った。
「これ、これ」
異能が書棚から日本地図帳を引っ張り出してきて、ページをペラペラとめくって島根県の地図を開いた。
「あ、本当だ。海側だね。何だか邪馬台国の匂いがするじゃん」
「匂い、君は犬か?」異能が苦笑した。
「船ならば、大陸から寄港しやすいからさ・・・出雲が邪馬台国の気がしてきたよ」
「稗田君は単純ね」治子が笑った。
つづく