故郷の夢
僕は、ある都会からディーゼル機関車に乗って、故郷へと向った。故郷は東北の片田舎で、1週間前に起きた大きな震災によって壊滅したと聞いた。故郷といっても家族も親族もいないので心配する必要もないが、それでも生まれ故郷なのだ。気になるではないか?
「にしゃは、どごまで行くんだ?」運転手が操縦レバーを巧みに動かしながら聞いた。
「え、I町まで行きますが…」
「I町には入れねぇよ」
「どうしてですか?」
「にしゃはテレビもネットも観ねぇのが?」
「興味がないし、テレビやパソコンを買うお金もありません」
「いまどき珍しいね。地震でI町にある放射能施設から放射能が漏れでるって話だ」
「だがら、これはひとつ手前の駅までしか行がねぇよ」
「え、そうなんですか? 仕方がない、そこからタクシーに乗ります」
「だがら、放射能が漏れでるんだってば、タクシーも営業してねぇよ。そのまま引っ返した方がいいべ」
「わかりました。それでは終点で降りてから考えます」
「うん、しつこいようだけど、引っ返した方がいいがらな」
運転手と僕だけを乗せた気動車は、ふたつの県境を越えて故郷の県に入った。ひとつ手前といっても僕の生まれた町までは20キロほどある。運転手の言うように引き返すつもりはない。どうしても故郷の町が見たかったのだ。
そのうちに気動車は駅に着いた。
「気をつけでな」
「はい」
その町は初めから妙な雰囲気だった。K駅で気動車から降りて、無人の改札を抜けて駅の外に出た。駅前を見回すと人がいない。無人の街のように思えた。運転手が言ったようにタクシーも停まっていない。北側の遠くに大きな山が見えた。故郷の山だ。故郷の町に行くには山を越える必要がある。
「どうするか…」とりあえず山に向って歩いた。道は緩やかな坂道になっている。街中は閑散として歩いている人はいないし、店もシャッターを下ろしている。放射能が怖くて逃げ出したのかもしれない。
駅から続く坂道をのぼって丘の上から町を見下ろすと、人が見えた。よく見るとヘルメットを被っているように見える。歩き方もギクシャクとしていてポンコツのロボットのようだ。
ロボットのような人は何か呟いている。呟いているといっても機械人間らしいから声量(音量)は、中途半端なモノではない。人間の叫びと同じなのだ。ロボットらしい雑音に混じって呟くその内容が聞こえた。
「アト ワズカ デ タイリクカンダンドウミサイル ガ チャクダン シマス ヒナン シテ クダサイ」
なるほど…死は目前に迫っているというわけか。しかし、僕は故郷に戻らなければならない。そのまま坂道をのぼって行く。
丘の上には広大な墓地があり、中央に大きな仏像が据えられていた。
「なうまくさまんだばさらだんせんだまかろしゃだそはたやうんたらたかんまん…」どこからかお経のような声が聞こえてくる。墓地を管理する寺があるのだろうか。
そのとき、朱色の閃光に目が眩んだ。何かが身体に衝突したような衝撃を感じて僕は瞬間的に意識を失ってしまった。
身体を焦がすような痛みで気がつくと目の前は紅蓮の炎に包まれていた。見れば、僕自身の肉体も高温の炎の一部となっていた。骨まで染みこむような激痛が全身を襲う。肉体は生きたまま火葬され肉塊は燃焼し尽くして、僕の骨さえも粉々となっていくような感覚だった。けたたましいサイレンの音と、町の役場の放送なのだろう、町内に設けられたスピーカーから女性の声で「放射能施設が…」とまで聞こえた。
僕の故郷は消失した。そして、僕も…。
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