死に逝く者 「薬局」
あの日、僕とかみさんは、相模原の病院で処方された母の薬をもらうために神奈川県大和市南林間駅の近くにある薬局内のイスに座っていた。外は雨が降っている。
「降ってきたね。傘忘れちゃったね…」かみさんが薬局前の道を眺めながら言った。
「うん…」僕は気が抜けたように頷いた。
この1週間前に、僕は「母は肺がんの末期であり、高齢で手術ができぬ事、余命3ヶ月ほど」であることを、かかりつけの医師に伝えられていた。
あの元気な母の死が迫っていることを知って、1週間という時間を経てもなお、言い知れぬ寂寥感と恐怖感に囚われていた。父の死から、「家族の死という負の意識」を身近に感じるのは15年ぶりだった。
「あのさ…」かみさんが僕の方をつつきながら話しかけてきた。
「ん?」
「カチコお母さん、本当に死んじゃうのかね?」カチコというのは僕の母の名前だ。かみさんは僕の母を自分の母親と重ねてしまうから、独自の考えでカチコお母さんと呼んでいた。
僕は「死ぬだろう」とぶっきらぼうにこたえた。
しかし、医師の言うことが誤診であればと祈ってもいる。いや、きっと誤診に違いない、でなければ僕はこれほど夢のような呆けた毎日を送っているはずがない。間近に迫る母の死に対して僕が何もしていないはずがないではないか。
現に何もしていないわけではない。僕は母を入院させる病院を探した。医師に勧められた病院は、がん専門病院であり、「母への告知」が義務づけられていた。母は僕同様に気が弱く、告知されたら、死ぬその日まで鬱状態となって、毎日泣いてばかりいることだろう。その姿を想像したら辛い。看病さえきちんとできぬ状態となるに違いない。
結局、母が脳梗塞で入院したことがある相模原の大きな病院に決めた。
「ふう…」ため息をついた。
「最近はため息が多いね…」
「うん…ふう」またため息をついた。
「あんたら…」母の声が聞こえた。
「あんたら、傘持って来たよ」薬局に母が入ってきた。手には僕とかみさんの傘2本を持っている。雨が降ってきたので傘を持ってきてくれたのだった。
母の姿を見てかみさんが泣いた。両手で顔を覆って泣いていた。
「あ、バカ…泣いちゃだめだ」僕は慌てた。
「あら、お前、ショウコちゃんをいじめたのか?」母が僕を睨んだ。
「ああ、こいつ、言うこときかないからね」
「ダメだろうが、バガが…」母が僕の頭を右手で拳骨を作って軽くこづいた。もう、母にこういうこともしてもらえなくなると思ったら僕も泣けてきた。まるで小学生に戻ったような気分だった。
「何だ、お前も泣いてるのか?」
「違う。まつげが眼の中に入った…痛ぇ」と言って顔を押さえた。
「お前の短いまつげが抜けたら大変だ。大丈夫か?」
「うん」
母が「よっこいしょ」と僕たちの前のイスに座って僕たちを見て笑った。
僕とかみさんは、母の顔を見て、顔を覆ってまた泣いた。