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選挙野郎!!第1話 「参議院議員選挙の参」
…
鉄製だろうと思われる事務所のドアが僕の額を直撃すると、ギャグ漫画の登場人物のように目から火花が出るほどの衝撃に襲われた。危うく倒れそうになるのを僕はなんとか踏みとどまって耐えた。
「痛ててぇ…」額を押さえて呻いていると、村野の妙に明るい声が聞こえた。
「ああああ、すんまへん、田辺さん、大丈夫でっか?」どうやら彼が勢いよくドアを開けた犯人らしい。
「そのドアは危ないね、ドアの前に注意を促す張り紙しといた方がいいな」明るい村野とは違ったドスのきいた野太い声が事務所の奥の方から聞こえた。誰だろう。
「ほんまですわ、これで三回目ですもん」
被害者は僕なのにまるで他人事のような会話だ。
「一応大丈夫ですがね、いててて」額を押さえていても、まださっきの衝撃から立ち直ることができない。
「またぁ、大袈裟なんだから田辺さんは…」村野はパンと僕の肩を叩いて「イヒヒヒヒヒ」と気味の悪い笑い方をした。
「さ、奥に入ってくださいな」
公示前の事務所は、まだ選挙事務所化されていないが、選挙活動のためのパイロンとそれを結束させるバーにロープ、街頭演説用の拡声器、ポスター掲示に使用するのであろう大きな板切れなどが雑然と置かれている。部屋の奥をみると、窓側に大きなオフィスデスクが対面型に二つずつ、これを一セットとすると、計六セットがどんと置かれ、その一つに目つきの悪いヤクザにも見えるコワモテの男が座っている。
「稲田さん、田辺さんが来てくれましたよ」村野がその男に向かって声をかけると、男は面倒くさそうな顔をしながら僕の方を見た、見たというより僕は睨みつけられている。怖い。
「はい、よく来てくれました、んで、村野くん、田辺さんに何をしてもらうの」稲田と呼ばれた男はゆっくりと立ち上がって僕の方に近づいてくる。背の大きな男だ、怖い。若いのか老けてるのかよくわからない見た目…もしかしたら僕より若いのかもしれない。
「こないだお話ししたネット選挙の対応ですがな。田辺さんはSNSのフォロワー数が一万を超えてるって言うてはったんで…あ、田辺さん、政策秘書の稲田です」
「稲田って、お前、呼び捨てにしたな」
「だって、お客さんの前やしねぇ…」
「ばぁか、冗談だよ」
「趣味の悪い冗談やなぁ、ほんまに」
「ネット選挙っていっても、うちは何も計画してないんだよなぁ…」
2013年の参議院議員選挙からインターネット選挙が解禁になったが、あれは言葉だけのお遊びのようなものだった。だが今回のインターネット選挙は大きく違う。投票がネットでできることになったことで、公示日からは本格的なインターネットによる選挙運動が可能になったのだ。
「田辺さんはライターさんなの」稲田がギョロリと僕を睨みつけた。ただし、この人にとっては睨みつけている感覚はないのかもしれない。
「あ、はい…」萎縮し切った僕は恐怖で尿漏れしそうだった。