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妄想邪馬台国 混沌篇
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1979年の夏、群馬県伊勢崎市のアパート。
登場人物:異能清春(群馬の国立大学生)、水無月治子(埼玉本庄市の短大生)、稗田阿流牟(群馬の私立大学生)
1979年の夏・・・。
群馬県伊勢崎市連取本町の平和荘。ここは地元の国立大学に通う異能清春の部屋だ。異能の部屋の北側には歴史書、法律書や犯罪心理学書、それにどこから持ってきたものか気味の悪い死体検案書や犯罪者の陳述書のコピーなどが積まれ、西側には探偵小説や怪奇小説が同じように積まれている。いずれもカビ臭く湿気を伴っていることから相当に古いものだ。本以外は布団がかかったコタツしかない。異能はこの万年コタツで寝ているのだ。といっても夏であるからコタツの布団は外して横に敷いてある。コタツには、裏が麻雀用のフェルトを貼ったテーブル板が載っている。
異能は滅多に部屋の掃除をしないが、群馬県や隣の埼玉県の大学生による上野(こうづけ)探偵文学倶楽部を創設して、埼玉県本庄市の短大生、水無月治子(みなずきはるこ)が倶楽部に加入してから、部屋も掃除するようになった。ただし、掃除をするのは治子が来る編集会議のときだけである。異能は治子に一目惚れしたのだ。治子もまんざらではないようだ。
今日は、またまた上野探偵文学倶楽部が発行している探偵小説同人誌「推理」の編集会議の日である。
昨年(1978年)の編集会議で「邪馬台国はどこにあったか?」を話し合い、「推理」秋号にまとめた。今回のテーマは何だろう?
その前に異能と稗田が大学1年の時に起きた事件を紹介しておく。
異能のアパートには異能と同じ国立大学の先輩・内田秀明という人物が出入りしていた。異能が大学で知り合い、内田が平和荘に出入りするようになったが、内田は幕末の勝海舟を取り上げ、「咸臨丸による米国渡航時の海舟身代わり説」の疑問を課題として異能と語り合った。その結果、薩摩藩士で、赤報隊によって江戸を攪乱したひとりである益満休之助が海舟によって幽閉されていたことから、以前より深い関係があったと見て、咸臨丸で渡航したのは益満であると結論づけた。つまり、渡航時に勝海舟と入れ替わり、帰国後に再び海舟と入れ替ったという説だ。
一方、異能は海舟と入れ替ったのは益満ではなく、西郷隆盛であると言った。幕末時に西郷が月照と入水心中時に、実際には月照を殺害したあと西郷隆盛は奄美大島に隠れたが、この際に海舟と入れ替わり、実際には西郷は江戸で海舟として活動、咸臨丸で海舟に化けて渡航したという説を挙げた。
そのうちに異能の海舟=西郷説にまとまった際に内田が自殺した。内田は、実は内田ではなく、何者ともわからない謎の男であり、内田秀明を殺して身代わりとなっていたことがわかったのだった。内田(と名乗っていた男)は「内田が内田本人ではない」と、異能が見破ったことから、異能宛ての遺書を残して自殺したのだった。
異能は内田(と名乗っていた)を歴史通として慕っていたことから、傷ついて引きこもりになったが、それを友人の稗田が上野探偵文学倶楽部の立ち上げを進めて同人誌「推理」を創刊したことで異能は救われたのだった。