霊視者の夢 「憑依」1
1.
福島県猪苗代町に住む堤東子(つつみさきこ)は、会津若松の青龍高校に通う女子高生だ。生まれつき右目が見えないのだが、ある状態に達すると視力が回復して見えるようになる。ある状態というのは、何らかの要因による精神的高揚の極限とか、そういった類いの精神状態のようである。そして見えるものは目の前の情景だけではない。一般的にそれは「霊」だと思われるのだが、確たる霊を見たことがない東子には、それが何者であるのかはわからない。
それが見えるようになったのは東子が8歳の時だった。
近所の子どもたちと猪苗代町にある猪苗代城跡(亀ケ城)でかくれんぼをしているときだった。東子が城跡の植え込みに隠れていたときに奇妙な声が聞こえた。
それは若い女の声で「お前には霊が見えるようじゃの」と言った。
「誰?」思わず反応した。
「亀姫じゃ」
「亀?」
「亀姫じゃ」
すると目の前に赤い着物を着た若い女が立っていた。
「綺麗な着物…おねえさん、結婚するの?」女が着ている着物は少し前に従姉の結婚式で見たのと同じだった。
「これか? これは、わらわが、いつも着ている着物じゃ」
「ふーん、で、おねえさんは誰?」
「先ほどから亀姫じゃと言うおるではないか」
「亀姫さん…」
「さよう」
「で、何の用?」
「お前には霊が見えるようじゃから試しに出てきたのじゃ」
「霊って?」
「面倒じゃのう、幽霊の事じゃ」
「ああ、それじゃおねえさんは…」
「あ、東子ちゃん見っけ!」いつの間にか東子の後ろに同じクラスの小桧山権蔵(こびやまごんぞう)が、鼻を垂らして立っていた。
「ぎゃ、見つかっちゃたぁ」東子は、思わず反応してしまった。
「げへへへ、ずずずうう…」権蔵が鼻水をすすった。
「もう、おねえちゃんのせいだよっ!」東子が亀姫の方を見ると、もう亀姫の姿はなかった。
「どうしたの?ずずずず…」
「うん、さっきまで赤い着物を着たおねえちゃんがいたんだよ」
「あ、おれは誰も見てねえぞ」
「あ、そうなの? おかしいなぁ」
(もしかしたら、さっきのおねえちゃんが幽霊だったのかも知れない)