ツウイン
「追加検査の場所分かります?昔パチンコ屋だった所です」に対して「あぁ、斎場の脇ですね」と返した。
夜会巻きクール眼鏡の女性内科医の口からパチンコ屋という言葉が出たことにすこしの驚きと、普通に物語としての良さを感じる。私が相手の立場だったらチンピラみたいなアロハを着た女が地元の斎場の場所を把握していることに良さを感じただろうが、あいにく私以外の人はあんまり暇じゃない。時間もあって体調も悪い私はMRI検査を受けることになった。
噂には聞いていた。拘束されて狭いところに閉じ込められて尚且つ、ずっとうるさいなんてどうかしてる。外は暑いし胃を空っぽにして13時間経つのでふらふらだ。原理が分からない検査を受けるのに空腹は全然適していない。
問診票を記入して着替えて待っていると、もう何回も繰り返し説明され、更衣室の壁にも事細かに書かれていた「金属を外せ」という旨の注意事項を、またもや若い男性のお医者さんが口頭で尋ねてくる。私は念のためもう一度耳たぶとポケットの中身を確認する。
金属を持ち込んだらどうなるんだろう。多分MRIは磁石の特性を利用していて、大きな音が出るのもきっと、その特性上仕方ないんだろう。以前、頭頂部を気にして黒い粉を頭に振っていたおじさんがMRIを受けて、それが機械の隙間に張り付いて、機械が壊れてしまいましたというニュースをみたことがある。大変なことだ。大丈夫、私は機械を壊しません。
セルフボディチェックが済むと「お腹の映りを良くする飲み物です」と透明な液体を渡される。「そんなもんあってたまるか」と思いながらゴクゴク飲む。この男の人が白衣を着ているから飲むのであって、これが半ズボンにバンドTシャツだったら絶対に飲まない。液体はトレハロースみたいな変な甘さと、くず湯みたいなとろみのある変な喉ごしで、お腹も減っていたし、できればきれいに映りたいし、もっと飲みたいと思った。映画館サイズの紙コップの中身を勢いよく飲んですぐに返す。分かった。ウォーターリングガムだ。口元をぐいっと拭いながらひらめいた。
ペースメーカー、ピアス、人工関節、カラーコンタクト、ヘアクリップ、入れ歯
今度は紙とペンを渡されて項目ひとつひとつにチェックをいれていかなければならない。チェックをいれる度に私の背骨に埋め込まれた架空のピップエレキバンがひとつずつ爆発していく。もう飽きてきた。署名して日付を書いて今日が令和の何年なのか分からないから2にも3にも読める感じにしておく。よし。
狭いところも大きな音も怖くない私にとって検査は想定通りで「息を吸って、止めてください」のアナウンスのあとに「楽にしてください」が永遠に来なかった場合のノリツッコミを考えているうちに全てが済んでしまった。あとは、石棺みたいな機械に仰向けで入るときに渡された「ナースコール」が良くない英語のスラングに聞こえてぎょっとしたくらいだ。私のお腹はよく映っただろうか。気掛かりだ。
会計と引き換えに貰った診療明細に「ボースデル内用液」とあって、あの美味しいのみものはそういう名前なんだな、ということが分かって嬉しくなる。点数は108点。他と比較して妥当な点数だ。ウォーターリングガムはもう製造中止だし、保険適用であれを食べたときの気持ちになれるなら、悪くない108点だ。口のなかに無限に唾が湧く。なにか食べなければならない。
14時間ぶりに食べた固形物、デニーズのパフェが美味しすぎる。ボースデル内用液なんてまったく美味しくない。数十分前の私はどうかしていた。全然、美味しくない。パフェが一番美味しいに決まっている。私の中の所ジョージがOS-1を「美味しい、美味しい」と言いながら腰に手を当てて飲み干す。「それは君が熱中症だからやでぇ」私の中の鶴瓶師匠も、麦茶を飲んで笑っているよ。
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