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「知らないことを知らない」夫の悩み

彼女からの結婚報告はメールでした。幸せな様子があちらこちらであふれ出ていて、読む私も照れくさいのを通り越してニタニタするくらい。「憧れの彼を射止めたね!良かった!おめでとう!お幸せに!」返信メールに書く言葉も、ストレートに友人としての喜びを表現するのがピッタリでした。

その彼女と久しぶりに会ったのは、ホテルのカフェでした。
「フェイスブックで見たわよ!結婚15年のお祝い!相変わらずラブラブよね」
私がこう言うと、彼女は「おかげさま」と照れ笑いしながら、アイスコーヒーのストローで溶はじめた氷をクルクルと回していました。

子どもはできなかったけど、共働きでお互いに忙しく過ごしている。休日が重なった日は、二人の共通の趣味の映画を観に行ったり、買い物に出掛けたりする。

「こないだなんかさ、結婚したときに買った枕カバーに穴が開いていたのを彼が見つけてね、結婚の記念だから捨てたくないって言って、彼が繕ってさ、まだ使うことになったのよ」と笑っていました。

「あら、おのろけじゃないのよ」
私もつられて笑いながら「で、なに?相談って」

聞き耳を立てようにもひと気の無い時間帯。気軽に聞いた「相談」は、少し根の深いものでした。

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テレビを観ている時の彼のコメントが気になる、というのです。朝の出勤の支度をしている間は天気予報と時事ネタを仕入れのためにワイドショーをつけているのだけど、朝食を食べながら番組のコメンテーターが発する発言に彼がツッコミをいれるのだそうです。それも、特定の場面になると、攻撃色が強くなる、と。

「男が男を好きなんてさ、俺はムリだなー」
「俺はオカマバーよりキャバクラ派だから」
「あの女子チームは中身は全員男だよな」

あー、これは痛い。
ここまで聞いただけで、彼女の辛さが伝わりました。彼女とは、私が話していた講演会で出会ってからの付き合いです。社会問題にもとても興味があり、学生時代には国際ボランティアとして、貧困層の在日アジア人の子ども達に日本語を教える活動をしていました。彼女の弱者目線で世の中を見る視点は、外見のおおらかさからは想像がつかないほど繊細なものでした。その彼女が、性同一性障害について知識がないはずはありません。

彼女の夫は、冷たい人なのかというとそんなことはありません。むしろ真逆で、破顔一笑、周りを虜にするほど笑顔の素敵なおおらかな人柄です。その彼が、そんな言葉を吐くとは、私も少々戸惑いました。

「で、あなたはその時なんて言いうの?」
「何も言わない。スルーするの。朝だしさ、もう出かけなきゃいけないし。喧嘩になるのも嫌だし」

まぁ、そうよね。

「でも、夜とか休日とかもそんな言葉が出てくることはあるでしょ?」
「うん、テレビ見てたらね。」
「その時も何も言わないの?」
「・・・言わない。」
「どうして?」
「彼、すごく嫌いなようなのよ。そういうの。LGBT。説得できないんじゃないかと思うと、億劫になってしまって」
「でも、嫌なのよね?彼のそういう発言」
「イヤ!がっかり!大っ嫌い!そこだけ大っ嫌い!」

聞いてほしいことがあるというのは、夫の差別的発言を受け入れることができなくて苦しい。どうしたらいいだろうということでした。
ハッキリ言えばいいじゃない!と思いますが、そこは彼女の性格もあり、惚れた弱みのようなところもあり、言えないことには変わりがありません。この場面で「言えばいいじゃん!」と言っても何のアドバイスにもなりません。彼女は、社会問題に興味を持つ人。努力家で勉強家。まず、とりかかりとして、問題は彼にあるのではなく、彼女にあると考えることを提案しました。

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「彼にそれが言えない理由はなんだろう」

私がこの言葉を発した途端、彼女から怒涛の言いわけが吹き出てきました。

彼は良い人で、職場でも人気者。所属する部が賞を取った時なんか、お祝いの電話とメールでお礼を言うのが大変だったほど。こんな美人でもなくて取り柄もない自分が結婚してもらったんだから、文句なんか言えるはずがない

でーたー!出た!出ました!本音の連打。
さあ、ここから話は一気に本流へ。

文句を言うのではなく、彼の弱点を指摘してあげることは、彼にとって重要なこと。彼は意識していないところでも同じようなことを口走って、誰かを傷つけているかもしれない。彼は自覚がない。無自覚に誰かを傷つけていることを指摘してあげることができるのは、あなただと思う。そして、それを指摘されたからといって、彼のあなたに対する意識が変わるとは思えない。だから、これは「文句」とは異なること。あなたの不満ではないものね。


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3種の「知」

彼女の気分がすこし落ち着いたところで、「知」の問題へ進みました。


彼は良い人だし、悪意で何かを言ったりやったりすることはありません。それもあなたも良く知っている通り。
でも、テレビにLGBTの人が出てくると、言葉汚く言ってしまう。これは、彼が悪いのではなくて、彼に知識が無いことがもたらしている現実。彼は、LGBTがなんたるものなのか知らないのではないだろうか。昔の「オカマ」レベルの知識しかないからそう言っているのかもしれない。彼は知らないことを知らないのだと思う。だから事実として知識を伝えればこの問題は解決すると思う。

知識には3種類あります。
1)既に知っている=既知
2)自分は知らないということを知っている=ソクラテス的に言うと「無知の知」でしょうか
3)自分は知らないということを知らない=未知

彼の場合は典型的な(3)です。彼女の惚れた弱みを差引いても、これは彼のために知識として伝えるべきだと話しました。

差別用語を使ったり、セクハラ発言をぶつけたりする人に問題点を指摘すると「ごめん悪気はなかった」ということがあります。「悪気がない」というのは「自覚がない」ということです。悪いことをしているという自覚がないので、指摘されたときにはキョトンとした顔をします。この場合の特徴として、指摘された人は率直に謝るのでその場はすぐに収まります。でも根の深い問題はここにあります。本人に自覚がない分、この嫌な発言は繰り返されてしまうのです。悪意があるのでしたらその悪意が出てくる元を正せば良いのですが、その元凶となる悪意がない。なんとも厄介なことです。

この場合は、正しい知識を与えることです。与え方はいろいろあると思います。相手のプライドを必要以上に傷つけないために、ピンポイントの失言以外の部分には触れないなど、留意点はいくつかあるでしょう。でも、何より大切なのは、あなたは今失言していました。それで傷つく人が実際にいるのです、ということを率直に伝えることでしょう。

政治家でも失言を繰り返す重鎮が後を絶ちませんが、その理由は、その発言が差別的であるとか、誰かが傷つくことを言っているという自覚がないからです。今さら何をと思わなくもありません。でも、あのくらい偉くなってしまうと、もう周りに進言してくれる人はいないのが実情。加えて「気にすることありませんよ」程度に持ち上げる輩がいることも、彼らが繰り返し失言する温床となっていることも事実です。何とも情けない話ではありますが。

失言に気がついたら、できるだけ早く的確に指摘してあげるのが、その人を無知の沼からはい出させるヒントになります。引っ張り上げることはできませんけれど、ね。


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